「あの……店内で、話しかけられたりしませんでした?」

「ああ、色んな人にあいさつされたな。特にあの、山根さんという方。豪快で頼もしい方だよね。花蓮をよろしくって言われたよ」

(やっぱり!)

山根の知ったかぶった物言いは、昴と会話をしていたからであったと今になってわかる。

「山根さん、何か言いませんでしたか?」

嫌な予感がして恐る恐る聞くと、昴は思いだしたのか噴き出した。

「突然、“あら王子様! シンデレラはまだ仕事中よ!”って言われてさ」

花蓮はうわあと頭を抱える。

「最初はわけわからなかったけど、シンデレラが花蓮のことだってわかると、王子様って俺のことか! っておかしくなっちやって。そんなあだ名つけられてるの知らなかったよ」

「もー! 山根さんってば!」

「花蓮はシンデレラってイメージがぴったりだけど」

「昴さんまで!」

シンデレラといえば、不遇な娘が魔法の力で舞踏会に参加し、そこで王子様に見初められ妃として幸せになるお話だ。
芯が強くひたむきで、心の美しいイメージがあり、自分とはかけ離れている。

山根の冗談にのっかり、昴まで揶揄ってくるなんて。

「昴さんの方が王子様って雰囲気ぴったりですよ」

むくれながら言うと、昴はくすりとした。

「花蓮を迎えにいける王子であるなら、本望だけどね」

赤信号で止まると、また手が重なり今度は指を絡めた。
ちらりと向けられた視線が、どういう意味かわかるでしょと訴えてくる。

色気のある流し目に、魔法がかかったようにぼうっとした。
ゆっくりと、指が愛おしげに皮膚をなぞり、体の奥がぞくりとする。
信号が青に変わり、そんな熱はわすれたかのようにぱっと無くなった。

視線も手も離れてしまって、物足りない。
もっと、触れて欲しい。
浅ましい考えにはっとし、ひとり恥ずかしくなった。

「シンデレラがハッピーエンドなように、俺が花蓮を幸せにしたい」

愛する人からの告白は嬉しくて、苦しい。
曖昧に笑ってその場を流した。

彼のためにも早くこの関係を終わらせないと、と思うのに、終わらせる勇気がでない。
もう少しだけ……もう少しだけと、色んな言い訳をしながら引き延ばしている自分はずるいだろう。
歩那のこと。早間との約束。

真実を話して、別れを告げなくてはいけないのに。