あの日の出来事は、忘れたくても忘れられない悪夢のようだ。

取捨選択を迫られ、ゆかりの子供を選んだらもう、昴との未来はないのだと思い知った日。
一夜にして人生が変わった。

早間との約束は、早間の関係者に関わらないことと、ゆかりと子供の件は他言禁止ということだ。
誰か一人にでも話したら、桜杜への出資を即座に取りやめると脅してきた。

少し前から外資系の企業と手を組む算段があったようで、桜杜ホールディングスにはすでに執着していなかった。
しかし、桜杜も切り捨てるには惜しい。

花蓮の失踪ということにして婚約を解消できれば、用済みになるまではキープしておけると踏んだのだろう。
昴の家にまで被害が及ぶのは避けたいのはもちろんだが、自分の状況を誰かにつらつらと話す気など毛頭なかった。だから約束は問題ない。

自分の意志で出ていくはずなのに、やっかい払いをされた気分だ。

花蓮は子どもを引き取ることを決め、検査入院が終わるのに合わせて家をでた。
唯一の救いは、わずかながらも多少自由にできる貯蓄があったことだ。

ゆかりのアパートから、名づけに関する本とメモが出てきて、いくつかあった候補の中から歩那という名前を選んだ。
豊かな人生を歩んでほしいとの、ゆかりと大樹からの意味が込められていた。

家具家電はゆかりの使っていたものを貰うことにし、賃貸だけ急いで契約をした。

暮らすのに必要な様々な手続きや引越手配。いろいろなことを一気にこなさなくてはいけなくて、無我夢中で取り組んだ。すべてが未経験で手こずったが、ひとりで乗り越えていく日々は自信に繋がった。

やればできる。どうにかなる。
そう唱えながら、しばらくの時期を過ごした。