彼とは長い付き合いであったが、感情を顕わにした彼を見たのは初めてかもしれない。
常に穏やかで理性的で、頼りがいのある人であった。

昴とは十四歳の時、婚約者として初めて顔を合わせてから八年ほどの付き合いだ。
中等部の頃は顔合わせから一度も会わなかったが、高等部に進学してからは月一度程度デートをするような変化があった。大学に入ってからは急に頻繁になり、毎週とはいかなかったが、だいたい週一回ほどは会えていたと思う。

それなのに、うすっぺらい付き合いで、昴の趣味も、会えない日に何をしているのかも知ることはなかった。
デートはすべて日帰りで、昴にとっては互いの家の建前上の付き合いだけであったのかもしれない。
一般的な恋人とは程遠い距離感だった。

(わたしは、もっとたくさん会いたかったけれど)

毎日のように連絡をとる友人に憧れた。絆が深まるのであれば、大喧嘩をしてもよかったのに、口論さえしたことがない。

(それだけ、わたしたちの関係は浅かったってことかな)

昴の手が、花蓮の腕を指先が痺れるほど強く掴んだ。
短く切りそろえられた爪が皮膚に食い込む。それほどの怒りをぶつけられている。

(初めての喧嘩……って言えるのかな。いや、違うな。こんなのは、恋人同士の喧嘩なんかじゃない)

「君の子か」

花蓮はドキリとしながらも答える。

「……ええ」

(歩那は、わたしの子)

それ以外に返事のしようがなかった。
細かいことはどうでもいい。

花蓮が家を捨て、昴に不誠実なことをしたことに変わりはない。
様々な状況から、きちんと区切りをつけることができなかったけれど、言い訳をするつもりはない。

そして誰がなんと言おうと、どう思われようと、たったひとりでも歩那を愛し育てると誓ったのだ。