(わたしってば、なに喜んでるの……!)

あたりまえだ。
昴にとって、花蓮は最低な女に成り下がっているだろうから。

切れ長の瞳は花蓮を焼き尽くしそうに見ているし、右手は怒りに震えている。
引っぱたかれるかも、などと以前の昴だったらありえない想像をした。
それくらいやられても、おかしくはないことをしてしまっていた。

しかし彼がそうしなかったのは、ふたりの間に歩那の存在があるからか。
昴は歩那を見下ろし表情を強張らせた。

一歳半となる歩那は、抱っこ紐の中から足をバタつかせていた。空気を蹴って、ビヨンビヨンとおしりが跳ねる。
その場の雰囲気にそぐわないはしゃぎに、花蓮は慌てて歩那の背中をぽんぽんと叩いた。

「あ、歩那、ちょっと大人しくしていようね」

「まんま、まんま」

歩那は最近覚えた、ママかご飯かまだ聞き分けられない単語をうれしそうに繰り返す。

産まれたその日から成長を見守ってきた立場としては、最初の言葉はご飯ではなくママと呼んでいて欲しいところではある。

「うん。お散歩しようね。ちょっと待っててね」

宥めるために、小さな鼻を指先でつついて微笑んだ。歩那は「あー」と声を出して喜ぶ。
そのやり取りの横で、昴は忌々しそうに唇を噛んだ。