ふっと張りつめていた糸が切れる。

できる、大丈夫、なんとかなると毎日唱えて、母になるのだから強くあらねばと過ごしていた。
それでも頼る相手がいないのは辛く、世界中でひとりぼっちのような気持ちになることもあった。

これからどうしたらいいのか、本当は不安でたまらなかった。

明日は仕事できるかな。
休んだら迷惑をかけてしまう。
歩那の世話はどうしよう。
引越を考えなくっちゃ。でもお金が足りない。

たくさんの小さな不安が、大きな塊となって襲ってきていた。

なぜ、逃げ出した婚約者にこうも優しくできるのだろう。
昴にメリットなどない。

むしろ、関わっていることが香にばれたら会社が危ない。
昴が事業拡大の為に頑張っていたのを、当時学生ながらにわかっていた。

ブランドだけではなく、飲食店や海外事業まで潰されてしまうかもしれない。
香はそれくらいのことはやりかねない。

「嬉しいです……すごく嬉しいんです。でも……」

「花蓮がどれほど拒否しようと、今後ここで暮らすことは許可できないよ」

きっぱりと宣言され、戸惑う。
眉がさがりっぱなしの花蓮を見て、昴は嗜めるように指でそっと眉間を撫でた。

「案外聞き分けのない子だな? 俺のためだと思って頼むから付いてきて」

自分の態度は昴をより困らせているようだった。
素直に甘えるほうがいいときもあるのかもしれない。

「ありがとう、ございます……お言葉に甘えさせてもらます」

(とにかく迷惑をかけないようにしなくちゃ)

花蓮はぎゅっと手を握りしめて答えた。