「おねーさん」

歩那の泣き声が響いていた。
煩いと苦情を言われるのだと思い、すぐに謝った。

「あ、すみません。すぐに家に入りますので」

男は引越の挨拶も居留守を使われてしまい、しっかり話したことはない。
男はポケットに手を突っ込んだまま近くまでくると、顔を近づけた。
働いている気配がなかったので学生かと思っていたが、近くで見ると花蓮より上の年齢に見える。

「あの、何か……」

あまり清潔感が感じられずに、後ずさる。

(怒鳴られたり、手を出されたりしたらどうしよう)

なんとなく雰囲気の良くない相手に、心臓が早鐘をうつ。
歩那を守らなくてはと、抱きしめた。

「おねーさんさぁ、借金取りに追われてるの?」

「えっ?」

「お金に困ってんのかなーと思って」

心配をして声をかけてくれたのか。
詰まっていた息をほっと吐いた。

勘違いしていたことを申し訳なく思い、警戒を緩める。
借金取りとは、きっと昴のことだ。

朝からスーツの男にフルスモークの車が家の前にいたら、誰しもがそんな想像をするだろう。

(それにしても、昴さんが借金取りだなんて)

あまりにも似合わなくて、つい笑ってしまいそうになる。

「いえ……」

否定しようとしたとき、男が腕を掴んだ。
そこは怪我をした箇所で、痛みに悲鳴を上げる。

「……いっ……!」

「お金に困ってるなら、俺が買ってあげるよ」

男はニヤニヤとしながら、全身を舐め回すように見た。

「……はい?」

「こんなボロアパートに子どもとふたりでさ。金がほしいだろ? 一回二万でどう? あんたなら毎日でもいいよ」

ズキズキとした腕の痛みと一緒に、怖気が来た。

腕を引かれよろける。
男の部屋の扉が視界に入る。
このまま連れ込まれてしまうのかと、恐怖が襲って歯がガチガチと鳴った。