「簡単に言ってくれるな。俺がどれだけ花蓮を思って仕事を進めてきたか知っているだろう」

「ええ、脇目も振らずに仕事一筋でしたね。不器用すぎですよ。その情熱を彼女に見せておけば、心移りはなかったんじゃないですか」

「ちゃんと話し合えたら、今度こそ踏ん切りをつけるよ。だからなんとかして花蓮に会う時間をくれ。仕事に集中できないと但馬も困るだろ?」

昴の情けない願いに、但馬は残念だと言わんばかりの顔をした。

「今のあなた、必死すぎて威厳皆無な自覚あります?」

「どうとでも言え。俺は今、なりふり構っていられないんだ」

仕事終わりに二度ほど家を訪ねてみたが、一度は電気が消えていて諦めた。

二回目は
「一家団らん中、昔の男が訪ねてくるなんていう修羅場を作り出し、しかもその相手が桜杜の御曹司だと知られたら、即座に週刊誌の一面に載りそうですね」
などと但馬に脅され足踏みすることとなった。

但馬に嫌がらせのように詰め込まれたスケジュールは一カ月先までびっしりで、昼間に抜け出す隙もない。

今すぐに駆けて行きたいほど気持ちがは焦っているのに、なにも成果をだせていないことに、もどかしい思いを抱えていた。

「本当に、不器用な人ですね。交際の申し入れが途切れないほど多方面から引く手数多なのに、学生時代から付き合っていた婚約者とは八年もの間、手を繋いで軽いキスを一度だけ。いまだに女性関係は未経験……」

「あー煩い!」

昴は耳を塞ぐ。

秘書の体裁を捨てて、旧友の顔をした但馬の言い様は散々だ。

早間との約束通り、花蓮を正式な婚約者とするまでは手を出さないと決めていたし、彼女以外の女など論外であったから、生まれてこのかた性的な経験も皆無だ。