「わかってるよ。もう少しだけ」

「所在地を確認し、五分だけというお約束で立ち寄りました。朝一の会議に影響が出ます。……まったく、あなたほどの人なら、逃げた女など追わなくても」

溜め息交じりにぼそっと付け足されたのは、但馬の本音だ。

但馬は気が利いて頼れる男だ。
昴が役員になる前から総務課で手腕を発揮していたため、一年前の副社長就任時に秘書として引き抜いたという経歴があった。

優秀であるが口煩い。

大学からの付き合いなので気心知れて楽ではあるが、無闇に従順なわけでなく反抗的なのが良いところでもあり、時に忌まわしくもある。

この半年、業務外に無理を言って人捜しをさせていたため、多少毒を吐かれても仕方が無い。それも、居場所がわかったら諦めるという条件付きで探していたわけだが、昨夜とうとう見つかったという報告を受けた早々、昴はその約束を反故にした。

申し訳ないとは思う。
しかし、どうしても我慢できなかったのだ。

本当は情報を仕入れた昨夜のうちに来たかったが、仕事が終わったのが深夜だったため但馬に止められたのだ。朝まで我慢した自分は偉いとさえ思う。
落ちつかなくて殆ど寝ることができなかった。

昴はチラッと振り向く。

但馬のさらに背後に控える黒塗りのセダンは、この町で浮いていた。まったくもって周囲の景色に溶け込んでいない。少々異質であった。

近隣に駐車場がなく、目当てのアパートから隠れるように停めた道路は対向車とぎりぎりすれ違える程度の幅なので、運転手も落ちつかなそうである。

早朝の、通勤ラッシュが始まる少し前の時間帯。
但馬は早くこの場を去りたそうだ。

「わかってる」

昴は都合の悪いことは聞き流して、もう一度同じ言葉を繰り返した。