近くまでた男をよく見ると、見覚えがあることに気がつく。
何度か顔を合わせていた人来ではないか。

たしか……。

但馬(たじま)……空気を読め。大事な話をしている」

(そうだ。但馬さん! 大学が一緒で仲が良くて、卒業してからも昴さんの会社で一緒に働いていた人だ)

堅物だけど、信頼できる良い人なのだと話してもらったことがある。

但馬は時計を見ながら苛々とした。

「これ以上引き延ばすのは限界です。私情で会議を送らせるなど、情けないことをなさらないでください」

離れた場所でずっと待機していたらしい。
いつのまにかアパートの前にはスモーク貼りの黒のセダンが横付けされていた。場所と車がアンマッチで、異様な風景だ。

たまたま通りかかった人も、ぎょっとしながら足早に通り過ぎていく。

(そうか、昴さんも出勤前だよね)

その時、ちょうど隣の部屋の青年がゴミ出しで出てきた。パジャマ姿で頭がぼさぼさだ。あくびをしながらこちらに目を向けるとすぐにぎょっとし、ちらちらと訝しげな視線を送ってきた。

花蓮は嫌なところを見られたな、と気まずくなる。

防音など皆無のアパートで、普段から夜泣きで迷惑をかけているかもしれないのに、変な噂までたったら居づらくなる。

(昴さんも高級車も、ここには不釣り合いだ。もう住む世界が違うんだから、会ってはいけない)

「さあ、行きましょう」

秘書は花蓮に軽く頭を下げると、昴の肩を掴んだ。