昴は肩を竦めて見せた。

「解消をしてからまだ一年半ですよ。突然でしたし、僕たちは長かったですからね。情があるのは当然です。元気かな、程度には常に心に留めてあります。それにしてもその後、花蓮さんのご様子はいかがですか? 家を出たと言っても心配でしょう」

「家を捨てた娘の心配など、するわけがないじゃない。一切関わらないように念押ししてあるから、花蓮から連絡をしてくることもないわ」

この様子だと、今どこでなにをしているのかは知らなそうだ。昴と暮らしていることを知らないということは、調査をつけていないということだ。

てっきり興信所くらいは使っていると思ったが、花蓮に時間とお金を費やすことは避けたいのかもしれない。

「ああ! もしかして、冴子さんとの話を進めるのに、突然花蓮からなにかアクションがあったら困るって思っているの?」

香は何かに気がついたかと思うと、途端に意地の悪い顔をした。
花蓮をいびる為の仲間を見つけたかのように嬉々とする。

それは童話にでてくる意地の悪い継母そのもので、山根から聞いたシンデレラのあだ名は的を得ているな、などと場違いなことを思った。

昴は何も答えずに微笑んで見せた。

「なんだ。そうならそうと早く言いなさいよ」

香は昴を見て満足そうにした。“イエス”ととったのだろう。
勘違いしたのなら好都合。

「そうね、そろそろあなたにも教えてあげる。……花蓮には条件をつけたのよ」

香は得意げに言った。

「条件?」

「そう。意見を通したかったら、早間は勿論、桜杜とも一切関わらないようにと誓わせたの。破ったら守りたいものが台無しになるもの。あの子からこちらに接触があるはずないわ」

花蓮が守りたいもの……。
思いがけない情報を得られ、ごくりと喉が鳴る。それを悟られないように平静を保つ。

(それって、歩那じゃないのか……?)

花蓮が大事にしているのは歩那だけ。今の彼女は、歩那のためだけに生きていると言っても過言ではない。

(それがなぜ、桜杜とも関係を絶つ話になるんだ?)

桜杜と花蓮が関わると何が起こるか。

(俺が、歩那の存在を知ることになる)

しかし、それは現在なんのマイナスにもなっていない。
昴の親だって、経営さえ傾かなければある程度の早間の暴挙は目を瞑ってしまうだろう。
それほど、早間の権力は大きく、現に婚約破棄後も、変わりなく関係を続けている。

(歩那ではない? ではなんだ? 今、俺にも見えていないこと……)

「あ……」

突然の閃きは、頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。

「どうしたの?」

つい漏らした声を香に聞かれてしまい、慌てて取り繕う。

「あ、いいえ。なんでもありません」

思いついた最悪のことに頭を支配されて、苦い気持ちが込み上げた。

(父親、じゃないか? 歩那ではなく、守ろうとしたのはその父親……)

それならば、ひっそりと暮らす花蓮の状況は理解できなくもない。
桜杜の競争相手が関与しているとか?

歩那がライバル会社の男との間に出来た子供なら、桜杜に隠したほうが得策だと考えるだろう。今になってそれを匂わせたのは、昴と冴子の縁談が上手く行きそうだと踏んだから……。花蓮が、昴との関係に消極的なのも頷ける。

「副社長」

雰囲気を変えた昴に、但馬が大丈夫かと耳打ちをする。

バクバクとうるさい心臓をなんとか落ち着かせながら、香の話に適当な相づちを打ちその場をやり過ごした。