ディオン様に婚約破棄をされたその足で自邸であるマリエット侯爵家へ戻ると、そのまま廊下を進んでお父様の執務室へと向かう。
 歩きなれた廊下をすたすたと歩くと、廊下で掃き掃除をしていたメイドたちが私に向かってお辞儀をする。
 そうして着いた一番奥の部屋のドアをノックすると、中からお父様の声で「入れ」と聞こえてきた。
 「失礼いたします」と言いながら中に入ると、ブラウンの年季の入った執務机に向かっているお父様が目に入る。
 そしてその横にはちょうどお父様の仕事を手伝っていた弟のローランが資料を持ちながら立っており、私の姿を確認すると深々とお辞儀をしながら「おかえりなさい」と言ってくれる。
 私は「ただいま」とローランに返事をしてお父様の前に立つと、髪をかきあげながら言う。

「お父様、やはり彼は婚約破棄をおっしゃりました」
「ああ、そうか」

 お父様は口少なげにそう言うと申請書の内容にまた目を移してサインを書き始める。
 それはいつものことだし、私は特に気にせずにそのまま話を進めた。

「ではやはりもう……」
「ああ、そうだな。もう潮時だ」