あれからサトはいまだ登校してこない。


 涙の理由。

 キスの意味。


 さっぱりわからないサトの気持ち。


 怜に言おうにも、キスしたなんて到底言えるわけなかった。



 濡れたまつげが震えて、ぷっくりと柔らかい唇。

そっと指で重ねられた自分の唇に触れると、まだそこが温かい錯覚に襲われた。


「太一、もう帰っていいよ」

「え?」

 声のする後ろに振り返ったら、マスターはカップを拭いてた。


背中越しだからどんな表情かわからなかったけど、いつだって優しいのは知っていた。


「思いつめても仕方ないことだってあるんだし」

 キュっと布巾で拭く音が店内に鳴り響く。


 オレのことを全部見透かされているのかと思った。

それくらい驚いてしまって、しばらく動けないでいた。


「ほら、帰った帰った」

 笑顔のマスターに反抗なんてできるわけもなく、追い出されるように一人先に店を出た。


 夏が近くなってきたせいなのか、紺色の向こうにはまだ赤い雲が広がっていた。



 確かに、オレはサトが好きだ。


中学の頃からずっと…、見てきた。