無言になってしまったあたしの心中を悟ったのか、杏ちゃんは呆れたため息を零した。


「…ったく!来週には発っちゃうんだから、早く伝えるんだよ?」

 それだけ言うと、とうとう口を動かしていた杏ちゃんは先生に見つかってしまった。

その明晰な頭をパシンと叩かれるハメになる。


 そんな様子を見ていた周りからは、くすくすと笑い声が上がっていた。

けれど、あたしは合わせるように引きつった笑顔しか作れないでいた。


 なんとか式の練習が終わり、そのまま解散になった三年生たち。

在校生は、まだ歌や送辞の練習があるらしい。


 言わなくちゃ、言わなくちゃ──……。

杏ちゃんの言葉を胸に、ぎゅっと拳を握ってあたしは猛ダッシュした。



 体育館から昇降口までは目と鼻の先。

あたしの身長を考慮してくれない下駄箱の位置に手を伸ばし、履き潰したローファーに足を通す。

春風に応援されるかのように駆け出すと、一人、目の前に立ちはだかる。


「……行くんだろ?」


 無愛想だし、口数は少ないし、あまり表情をみせない。

けれど、杏ちゃんと同様、あたしを大切に守ってくれた──幼馴染。


 太一さんのとはすこしデザインの違うマウンテンバイクにまたがった雛太。

かばんの紐を両肩にかけて、カラリとペダルを回しながら顎をくいっと校門に向けた。


 行き先は、言わなくても通じていたみたい。


「……─うんっ」


 時に、あたしは残酷なことをしていたんだろう。

そんなあたしでも、雛太はすきって言ってくれて……本当に、嬉しかったんだ。


 昔の面影を残しつつ、広くなってしまった肩に手をかけて進む道を預けた。


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