「た、太一さん…っ」

 気がついたら名前を呼んでいた。


 振り返った彼に手だけで待つように制すると、階段を駆け上がって部屋に飛び込んだ。


 勢いよく開いたドアにお父さんは驚いていたけれど、今は気になんてしていられない。

台所に置いてあった花柄の紙袋をつかんで、あわててもう一度ローファーに足を通す。


 古びた扉を強めに開くと、まだそこにはこちらを見て太一さんは待っていてくれた。


錆びた金属音をカン、カン、と響かせ、彼の元へと走る。


「こ…、これっ」

 息を切らせて紙袋を渡す。

太一さんは驚いて固まってしまっていた。



「あの、お礼がしたくて…」

 これくらいしかできないことが恥ずかしかったけれど、あたしにできる精一杯だった。


 心臓は壊れそうなくらい動いていた。

 きっといきなり走ったせいだ。


 そう、言い聞かせてた。


「サンキュ」


 せっかく息を整えたのに。

 太一さんがあまりにも優しく笑うから、うまく呼吸できないよ…。


 金縛りにあったみたいに動かないあたしを見て、太一さんの手が伸びてきた。


あたしはただじっとそれを見つめることしかできなかった。