フォーチュンクッキー

 家に帰ってきてからは、ほとんど仕事する姿は見てなかった。

だからこんな慌しいのも、久しぶりにみた光景だった。


「急に仕事が入ったの!一件寄らなくちゃいけないところがあるのよっ」

 足早にピアスをつけながら、オレの横を走り抜けて玄関に向かっていく母さん。

オレも追いかけるようにゆっくり玄関に向かうと、年には合わない高いヒールのパンプスに足を通していた。


「留学の件、今日のお昼に学校へ行くから先生に一言伝えておいてね。
あたしもあとで電話入れておくから」

 そういって、母さんはドアノブに手をかけた。


「ああ、わかった。いってらっしゃい」


 部屋に戻って、もう少し眠ろうか。

そんな風に思ってたときだった。


 半歩外に出たのに、くるりと回れ右をした母さんがオレの目の前にやってきた。


 何をするのかと身構えてしまったオレの頭に、無造作に腕を伸ばす。

そのまま勢いよくワシャワシャと乱暴に頭をかきむしられた。


「…なっ、なにすんだよ!」

 オレの必死な抵抗をみて、意地悪く笑う母さん。

パリッとスーツを着こなすキャリアウーマンだけど、やっぱりオレの母なわけで。


「行ってきます、あたしの大事な息子よ!」



 随分昔にみたような、まぶしいくらいの笑顔だった。