しばらく沈黙が続いて、マスターはさらにニッと口端を吊り上げた。

彼はその表情を見て、一気に肩を落としてため息をついていた。


「いやいや。お兄さん、うちの娘のことは気にしないで」

 ソレを見守っていたお父さんが、コーヒーをテーブルにおいて、さうがにあたしの頭をくしゃくしゃ撫でる。


そんなお父さんの言葉にマスターは笑ってた。


「いいんですよ。コイツあまり学校に行かないから暇人なんで」

 マスターの言葉に、なんでだろうって考えていたら口がぽかんと開いていた。


 すこし不機嫌そうだった彼が目の前に立ちはだかる。


学習能力的に、ぴくんと肩が震えたけれど、あたしは恐る恐る見上げた。



「───チビ助、名前は?」


 ふ、と笑った。


その笑顔は、あの冬の日よりも。

今まで見た中で、一番優しくてあたしはついつい見とれてしまった。


「あの、か…かた、片瀬未来です…」

 あたしが言うのを見計らって、さっきマスターに見せた単語帳をひったくる。


 一番後ろの白紙ページに、彼は胸ポケットからボールペンを抜き、ちょっと崩れた字を連ねた。

その文字すら、あたしにはキラキラして見えたのは、ナゼだろう?


「ひら…やま…たいち…さん?」


 『平山 太一』

そこにはあたしにだってわかる漢字が並べられ、声を出したあたしにもう一度笑ってくれた。



「…高校、いきたいんだろ?」