「そこはだなぁ…」

 さらっと流れる前髪は、このお店の匂いが移ってしまっているのか、少し苦味を含んだ香りが鼻をくすぐる。


「聞いてんのか、チビ助!」

「あいたっ」

 ちょっと口が開きかけたあたしに、デコピンがヒットした。

じんじんする額をこする。


「チビ助じゃなくて、『未来』ですぅ」


 口を尖らせたあたしは、再びテーブルの問題集に目を落とした。




 カウンターから身を乗り出して、甘くて少し苦い匂いを香らせる彼。


────あたしの“先生”。



 ちょうど一ヶ月前。
凛子さんに会いに行った後、お父さんとあの喫茶店に入った。


 髭のおじさん……マスターってよばれてた店長さんは、彼にあたしの勉強みるようにいってくれた。


「あのー、オレだって一応受験生なんですけど~」

 呆れた顔の彼はマスターを軽く睨んでた。


「お前、大学いくのかよ?」

 ニヤリと笑ったマスターに、タイチさんは口をつむいでいた。



 こ、高校生なんだ…。おんなじ三年生?


って聞きたくても、あたしは部外者なので黙ってそのやり取りを見てた。