タイチさんっていうんだ…。

 直視すると心臓が痛いほど早く動くから、どうにか静まってほしいと願っていた矢先だった。


緊張で震えた声が恥ずかしかったけど、何より名前を知れたことが嬉しかった。


「タイチくん、お嬢ちゃんが怖がってるじゃないか!」

 さっき大声を上げたおじさんがあたしの頭をポンポン叩く。


 ちょっと、ううん、かなり痛い…。


タイチさんは、困ったようにため息をついてマグカップにコーヒーを注ぎ始めた。


 おじさんのまえにあるカップとは大きさも形も違うから、タイチさん専用なんだろう。

その手際を見ていて、気づいた。


「うさぎだ……」

 あたしの小さな小さな一言は、たまたまいつも流れているであろう有線放送の音楽がぴたりと止まった瞬間。

店に静寂が流れていたので、よく響き渡った。


 その静けさにおじさんはこらえきれず、さらに大笑いしていた。

少し顔が赤いタイチさんの向こうから、さっきのヒゲのおじさんの笑う声も聞こえてきた。


 当のタイチさんはちょっとだけムスっとしたように、取っ手を反対に持ち替えてうさぎの顔の方のカップに口つけた。



 想像していたよりも、意地悪で子供っぽくて───照れ屋さん。


 あたしも思わずその場で笑った。

軽く睨まれたけど、うさぎのカップを使っている人は全然怖くなんかなかった。