夜陰に乗じ敵艦を攻撃しようと真っ暗な海を航行していた特攻艇を、雲の切れ間に現れた真っ赤な月が照らし出した。上空で日本軍の接近を警戒していた米軍機が特攻艇に気付く。急降下して機銃を撃ってきた。特攻艇の乗員が対空砲で反撃する。その一発が命中したようだ。敵機から煙が上がるのを見て歓声が沸く。だが、歓喜の時はすぐに終わった。別の戦闘機が爆弾を落としたのだ。爆弾の直撃は免れたものの、大爆発で起きた大波を真横に喰らって特攻艇は引っ繰り返った。特攻艇の乗員たちが海に投げ出される。その頭上に銃弾が雨あられと浴びせられた。惨劇から目を背けたいのか、赤い月は雲の影に隠れた。血に染まった海が闇に包まれる。
 やがて朝が来た。唯一生き残った乗員の青年は特攻艇の建材の木片にしがみついて海を漂っていた。幸い、体に傷はない。だが、それが何だというのか? ここは海の真っ只中である。近くに陸地は見えない。このままであれば、いずれは力尽きて死ぬ。若いので体力はあるが、広大な海と比べたら、砂粒のようなものだ。
 元より死は覚悟している。特攻艇の乗組員で、死ぬ覚悟のない者はいない。敵艦に体当たりして死ぬのが乗員たちの任務だった。体当たりできずに死ぬことが無念なだけである。
 青年は自分だけ生き残っているのが恥ずかしく思えてきた。仲間は皆、海の藻屑となった。それなのに自分だけ、こうして海の上を漂っている。生き恥をさらしている、と彼は思った。木片から手を離し、仲間の後を追うのだ! と彼は心に決めた。
 そのとき、ふと、夏祭りの光景が頭に浮かんだ。出撃前、彼は仲間たちと一緒に、基地の近くの村の夏祭りに出かけた。戦時であり、賑やかな雰囲気はなかったが、それでも若者たちの心は浮かれた。これが最後の夏祭りだと、誰もが思っていた。
 その祭りで青年は、可愛い娘と知り合いになった。もう一度、会いたい。そう思っていたら出撃の日が来た。逢えずに海へ出た。そして今、海に浮かんでいる。
 あの子にまた会いたい、と青年は思った。朝日から方角を導き出す。あちらが東なら、出撃した基地の方向は……おおよその見当がついたところで、青年はバタ足を始めた。木片を頼りに、基地まで泳ぐつもりなのだ。かなりの距離がある。その途中で力尽きる可能性大だ。
 それでも青年は泳ぎを止めない。あの娘と再び会うために。