秋も深まり、庭に(しも)が降りることの増える時節。
 
 椿と共に生け垣として植えられた山茶花(さざんか)も、中心の花蕊(かしん)を主張するかのように花びらが大きく開き咲き乱れる。

 その花びらの有様と毒々(どくどく)しいほどの深紅(しんく)は、どことなく女の妖艶《ようえん》さを感じさせる。

 深まる庭の気配を感じつつ、冬支度の一環として千鶴(ちづる)が干し柿を軒下に吊るしていると、縁側に出てきた桐秋(きりあき)

「そんな季節か」

 とつぶやく。

 次いで庭の様子をちらりと見ると、干し柿を一房吊るし終わった千鶴に

「少し出かけないか」

 と提案する。

 突然の申し出に千鶴は小首をかしげる。

 桐秋は続けざまに告げる。

「実は下平(しもひら)に依頼している実験が、少し日数がかかりそうだと連絡が来た。

 次の計画はその結果を踏まえた上で作りたい。

 だから時間ができた。

 国分寺(こくぶんじ)の方に南山(みなみやま)家の別荘がある。

 今は症状も落ち着いているし、・・・父にも気分転換に近場にでも出かけたらどうかと勧められたんだ」

 千鶴は桐秋の提案の理由に納得するとともに、終わりに少しだけ照れくさそうに付け加えられた、南山(みなみやま)の話に嬉しくなる。

 南山は定期的に桐秋を見舞いに離れを訪れている。

 千鶴は親子が会っている間は席を外すので、何を話しているのかまでは分からない。

 けれども桐秋が、南山の発案を受け入れるということは、少しずつではあるが、親子は歩み寄りができているのかもしれない。

 千鶴は声を弾ませ、桐秋に言葉を返す。

「それはとても素敵なご助言ですね。

 国分寺の方は緑が多く、静かでよいところだと聞きます。

 ゆっくりと体を休めて、気分転換するにも最適な場所ではないでしょうか」

 なんの含みもなく純真無垢(じゅんしんむく)な笑顔で言う千鶴に、恋人の立場としての桐秋は少し面白くない。

 療養はもちろんではあるが、二人で初めて外に出かけるのだ。そのことを意識させようと、桐秋は恋人の耳に口を寄せて告げる。

「君も来てくれるな。わたしと一緒(・・)に」
 
 千鶴は最後に妙に強調されて発せられた単語と、今、正面に向けられている色づいた笑みに、やっとのことで桐秋の心中(しんちゅう)を察する。

 そしてすこしのためらいの後、うつむき頬を染めながら、

「はい」
 
 と小さく頷いた。

 桐秋もその反応に満足する。

 二人は近頃、以前にも増して恋人同士のふれあいを深くしている。

 これまで千鶴が桐秋からふれられてきたのは、頭や着衣の上の部分。

 そこには桐秋のはめた手袋だけでなく、髪や着物、手袋など千鶴の側にも一枚の(へだ)たりがあった。

 しかし最近では、顔や首といった着物からさらされた千鶴の素肌の部分を、桐秋の手套(しゅとう)越しにふれられている。

 最初千鶴は、素肌にふれられることに慣れず、びくびくしていた。
 
 そうした千鶴を気遣い、桐秋は羽毛(うもう)で撫でるかのように優しく柔らかにふれてきた。

 千鶴が怖がらないよう慎重に。

 ところが、ふれられればふれられるほどに、千鶴は甘さを含んだ絶妙な刺激にうっとりとした心地よさを感じるようになってしまった。

 いや今ではむしろ足りないと思っている。

 そして、桐秋もそれを心得ている。 

 ゆえに最近、桐秋は千鶴に意地悪をする。
 
 指の一本一本を順に千鶴の頬に、ふれるかふれないかの距離でゆっくりと滑らせ焦らす。

 千鶴が己でふれて欲しいと言うのを待っているのだ。

 手袋の毛羽(けば)だった繊維(せんい)の感触は分かるのに、桐秋の体温までは感じることが出来ない()

 そのような丹念な焦らしする一方で、それを行う桐秋の表情は千鶴を誘引(ゆうい)する壮絶(そうぜつ)な色気を放っていて、千鶴が歯向かうことを許さない。

 そうすることが当たり前だという顔をしている。

 千鶴はそれが悔しく、ねだるまいと抵抗するが、黒瑪瑙(くろめのう)のような濡れた瞳に捕らえられたが最後、降参するほかない。

 そうして千鶴が堪えきれず、ふれることを請うと、桐秋は一転、驚くほど優しい笑みを浮かべて大事に、大事に、千鶴にふれる。

 千鶴はそんな小ずるく甘美な(わな)にすっかりとはまってしまっている。

 そんな考えに気を取られながらも、干し柿を垂らす手を再開した千鶴の視界に山茶花の赤が目に留まる。

 千鶴はその花の婀娜(あだ)っぽさに思わず目を反らす。

 ふれられる部分が多くなるほど、もっとふれてほしいという欲求は高まる。

 桐秋の手いっぱいで鼻の造形や頬の柔らかさ、首筋の曲線の輪郭、千鶴にまつわるすべての形、感触を覚えてほしいと思う。

 最近は桐秋と過ごすたびにそういう想いに(おちい)り、千鶴は熱くて狂おしい気持ちを持て余している。

 普段からそうしたことを考えている自分が、別荘といういつもと違う場所に身を置けばこの気持ちはどうなるのか、千鶴は少し不安でもある。

 それでもやはり楽しみな気持ちは捨てきれず、離れのことを女中頭(じょちゅうがしら)に頼まなければと、千鶴は出かける算段を考えるのだった。