すると、瞳をはっと見開く彼から思いもよらぬ答えが返ってきた。
「じゃあさ、お前。俺の番になってよ。」
「……へっ?…」
「実は俺、ヴァンパイアの遠い末裔なんだ。」
彼は、並びの良い真っ白な歯を悪戯っぽくむき出し、手を差し伸べている。
私に向けられる、ニカっと太陽みたいに屈託がなく、しかしどことかなく狂気が滲む笑顔。
けれども、彼がもたらした理解が不能な単語へ?からの思考停止により、私の時間はぷつりと止まってしまっていた。
まもなく暮れる夕陽が彼の背後に反射して、きらきら輝きを放っている。
(綺麗だな。)
言葉の意味の理解が追いつかぬ脳内は、現実逃避のようにぼんやりと思う。
しかしその間に、かつて氷のような冷たさを宿した彼の瞳は、窓の外で燃える太陽を収束して、茜色に変色していく。
もう後戻りはできないのだという予感も虚しく、私は彼の魅惑の瞳に吸い込まれるようにして彼の手のひらに指先を重ねる。
黒木くんは、雪の女王のようにひんやりとした長い手で私の腕を掴んだ。
そして、それを素早く引っ張り、私の体を抱き寄せた。
何事かと驚いたその途端。
誰もが一度は夢で思い描いたことのあるファーストキスの甘い幻想は、見事に打ち砕かれる。
開かれた窓から吹く風にたなびくのは、玉子色のカーテン。
彼の前歯でチクっと噛み付くように啄まれた私の唇から流れた鮮血。
黒木くんは、それを長い舌でペロッと舐めいてから、赤の滲んだ私の人差し指をぱくっと口にする。
でこぼことした歯の感触。
茜色の炎を灯した情欲を含む瞳。
「ひゃっ…」
私が甘い息を漏らした途端、ひゅーっと冷たい空気が当たる頬も、ブワッと燃焼する。
やっと呑み込めた真実。
彼の正体は天使でも、悪魔でもない。
吸血鬼だったのだ。
「良かったな。今日からお前は俺のものだ。」
水平線の下に夕陽は溶けていく。
あまりの急展開へ混乱が収まらぬまま、空にはただの闇だけが広がり、脳内では警鐘がけたたましくゴーンと鳴り響いていた。