◯ゆめかの家・玄関(2日後の朝)

5月31日。午前7時。

第一ボタンまできちんと閉めたシャツを更に窮屈に見せる青色のネクタイ(2年生は青色)、校則通り膝上に合わせた黒のプリーツスカート。

校則で自由とされている通学バッグや靴も、それぞれ黒のリュック、黒のややごつめのスニーカーで華やかさは全くない。

…が、ブレザーのジャケットが白色なため、派手な色や柄を取り入れている他生徒よりもトータルバランスは取れているように見える。

髪型やヘアアクセサリー類も自由ではあるが、よほど暑くない限りは結ぶこともないので、一応シンプルな黒のヘアゴムを腕につけている程度。今日も胸まで伸びたゆるくウェーブがかった茶髪を、顔を隠すように下ろしている。

きれいなウェーブも太陽に透けるとミルクティーのように見える髪色も、もちろん天然ものだ。


ゆめかは学校に行く支度を終えて、玄関でスニーカーを履きながら、昨晩の誉とのスマホでのやり取りを思い出していた。


ゆめか(どんな顔して会えばいいの)


ーー(回想)昨晩の誉とのスマホでのやり取りーー

寝る前、ゆめかがベッドで誉とのメッセージのやり取りを見返している。


===【メッセージ画面】===

5月29日
ゆめか《20:00 体調どうですか?
無理せずゆっくり休んでね。
返信不要です》

誉《20:12 病院行って点滴したらマシになった》
《20:12 明後日くらいには学校行けそう》

==【メッセージ画面終了】==


ゆめか(既読スルーしちゃったけど、何か返した方が良かったかなぁ)
(でも病人だし、何となく気まずいし。うん、これが正解だった)


ゆめかが画面を見ながら1人で納得していると、そこに新しいメッセージが追加された。


==【メッセージ画面】==

5月30日
誉《22:37 夜遅くにごめん》
《22:37 学校は明日から行く》

==【メッセージ画面終了】==


ゆめか(わ、即既読つけちゃった!どうしよ…っ)

ゆめかがあたふたしていると、電話の着信音が鳴る。ディスプレイには【誉】の文字。

ゆめかはさらに慌てて、スマホを宙に放り投げそうになったが、何とかキャッチして一呼吸置いたあと応答の方に指をスライドさせる。


ゆめか「…っも、もしもし」
誉「今いい?」
ゆめか「う、うん、ダイジョウブ」

保健室での出来事のせいか、何となくぎこちなくなってしまうゆめかに対し、誉はいつも通りだった。

誉「あした何時に出る?さすがに朝練は休むから一緒行こ」

ゆめか(いつもはバスケ部の朝練あるから油断してた…!)
ゆめかは、少しだけ考える素振りを見せてから答える。
ゆめか(…病み上がりで心配だし、1日、だけならいいかな)

誉「ゆめか?」
ゆめか「あ、えっと、7時くらいの予定かな」
誉「分かった。…なんかすげぇ久しぶりに声聞いた気がする」
ゆめか「そんなことないよ、昨日も話した…で、しょ?」

ゆめかは自分でそう言いながら、保健室での出来事を思い出して顔を赤くする。

誉「……」

ゆめか(どうか覚えていませんように)
(熱のせいでありますように)

誉が黙ったので、ゆめかはもしかして覚えてない?と期待して祈っていたが、少しして電話口でふ、と笑い声が聞こえたかと思うと、保健室の時と同じようなワントーン低い声で耳元をくすぐられた。

誉「そうだったな?」

ゆめか(!絶対覚えてる…!!)

ゆめか「と、とにかく元気になって良かった…!おやすみ!!」


ゆめかはこれ以上誉のペースになるとまずいと思い、早口でまくし立てると、返事も聞かずに通話終了のボタンを押した。

誉はいきなり切れてしまった電話に少し驚いたあと、優しい顔で「おやすみ」と呟く。

ゆめか(無理無理なんなの)
(この前から誉の距離感おかしくない?)

ゆめかは枕に顔を埋めて足をじたばたしている。

ゆめか(それともーー)


ーー(回想終了)ーー



ガチャーー(ドアを開ける音)

ゆめかが意を決して玄関のドアを開けると、誉が待っていた。

誉「おはよ」
ゆめか「…おはようっ」

ゆめかは気恥ずかしさとよく分からない自分の感情に戸惑う複雑な表情で挨拶をする。


ゆめかモノローグ(私がおかしくなったのかな)



◯学校・2-1教室(授業中)


ゆめかは1限目の授業中、ノートを取る姿勢のまま別のことを考えていて、百面相をしていた。

ゆめか(良かったぁ…)
(誉も元気そうだったし)
(一緒に登校しても変な目で見られたりしなかった、と思う)
※ほっとした顔

ゆめか(最初ちょっと緊張したけど普通に話せたし)
※そわそわした顔

教師「ではここを、神谷」


ゆめか(あ、でも「誉」って呼ばないと返事してくれなかったな)※困った顔


教師「神谷ー?」

ゆめか(それで、呼んだら、嬉しそうに笑って…)
※思い出して照れる顔

椎名(男子学生)「神谷さん、神谷さん(小声)」

ゆめかの百面相を隣の席から眺めていた椎名結仁(しいな・ゆいと)が、ゆめかの肩を叩いて声をかける。

ゆめかが椎名の方を向くと、自分のノートの答えが書いてある部分を指さしながら、「当てられてる」と教えてくれる。


ゆめか「あ、Bです…っ」

教師「よし正解、これはーー」

教師が解説を始め、ゆめかは椎名にぺこっと頭を下げてお礼を言う。

ゆめか「あの、椎名くんありがとう、助かりました…><」

椎名「いーえ」

そう言って椎名は、頬杖をついたままゆめかの方を見て、『王子スマイル』と呼ばれている爽やかな顔でにっこり笑った。

ゆめか(椎名くん初めて話したけど、学年一モテるって言われるの、なんか分かるなぁ)

ゆめかが関心した顔で椎名をガン見していると、椎名は今度は心の底からおかしいとでも言うように、声を出すのを耐えるような笑いをする。

椎名「…っはは、っ、そんなまじまじと見ないでよ。照れるからさ」

ゆめか「えっ、あ、ごめんなさい!かっこいいなと、思って…!つい…」

そう言ってゆめかが黒板の方に顔を戻すと、椎名はそんなことを言われるなんて予想外だ、というような驚いた表情をすると、同じように前を向いた。

椎名「…でも珍しいね?神谷さんがぼーっとするなんて」

ゆめか「ちょっと、考え事をしてて…」

えへへ、とゆめかが照れたように笑った時、制服のポケットに入れていたスマホのバイブが鳴った。
ゆめかが教師の目を盗んでスマホを見ると、高市からのメッセージが届いていた。


==【メッセージ画面】==

5月31日
高市くん《9:15 2限後の大休憩に1-3集合!》
《9:16 あ、任務は今のとこ問題なしです!》

==【メッセージ画面終了】=


ゆめか(1-3って誉と高市くんのクラスだよね…?何かあったのかな)

椎名(また百面相…)

ゆめかが難しい顔をしていると、椎名が声をかける。

椎名「…彼氏?」
ゆめか「えっ?!ちがうよ…!」
椎名「ふぅん、怪しいなぁ」

椎名はファンが見たら卒倒するであろう意地悪な顔(それでも爽やかなのがさすが)で疑いの目線を向けると、ゆめかは更に強く否定する。

ゆめか「ほんとにっ、というか私は椎名くんと違って彼氏いないから…!」
椎名「……」

一瞬、二人の間の空気が止まった時、教師が二人に向かって注意する。

教師「そこ、さっきからうるさいぞー」
ゆめか・椎名「「…!すみません」」


ゆめかが注目を浴びて恥ずかしくなっているのに対して、椎名は全く悪びれた様子もなく、先ほどより声を小さくして1人言のように呟く。

椎名「同じだよ」
ゆめか「え?」

小さい声だったのでゆめかが聞き返すと、また意地悪な顔で椎名が言った。

椎名「俺も『彼氏』、いないし」

ゆめか「!…椎名くんて、意外と…」
椎名「意外と…? 」
椎名は笑顔で続きを待っている。

キーンコーンカーンコーン(チャイム音)

ゆめか「何でもないです!」


ゆめかがその先の言葉を飲み込んだ時、ちょうど1限目終了のチャイムが鳴った。

ゆめかは椎名から逃げるようにスマホに目を落とし、高市に返信することにした。

ゆめか(意外と性格悪い、なんて言ったら、椎名くん喜びそうな気がするもん)


==【メッセージ画面】==

ゆめか《9:35 了解です!
任務もありがとう
そのままお願いします!》

=【メッセージ画面終了】==


椎名は、そんなゆめかを面白そうに見ていた。


◯学校・1-3教室(2限後の大休憩)

2限目が終わってすぐ、ゆめかは約束通り1-3の教室へ向かったが、教室の入口は生徒で塞がれていた。


ゆめか(は、入りづらい…!)

ゆめかが教室の入口で困っていると、教室の奥で数人かたまって話していた高市が気づいて声をかけてくれる。

高市「あ、ゆめか先輩!」

高市がおいでおいでという風に手を振っている横で、入口に背を向けていたのか、驚いた顔で振り向いている誉がいる。

他にも短髪長身の大人っぽいイケメンと低身長のツインテール美少女がいて、教室でその一角だけビジュアル爆発の空間となっていた。

ゆめか(え、勝手に入っていいのかな…?)

ゆめかが戸惑って入口で固まっていると、誉がすたすたと歩いてきて、廊下や教室からゆめかを見ていた男子生徒達に見せつけるように、「こっち」と言って、正面から左手でゆめかの右手首を引っ張りながら、右手でゆめかの左腰を引き寄せる。

誉はゆめかを自分の両腕の中に引き寄せたあと、周りを牽制するように一睨みしてから、そのままゆめかの手を握って連れていく。

ゆめか(?!?!)
(えっ?!なになに、どういう状況?!)


ゆめかは抱き締められるような形になり、恥ずかしさと困惑で頭が沸騰しそうなほどぐるぐるして、されるがままとなっていた。

それを見ていた女子生徒からは「えっ」「きゃー」と悲鳴が上がっていたが、誉はガン無視で高市たちの輪に戻る。

ツインテ美少女「わーお」
短髪長身イケメン「良いもん見た」
高市「相変わらずだねー。てか、ゆめか先輩息してます?」

高市がゆめかの顔の前で手をふって尋ねると、ゆめかはようやく現実に引き戻されたが、心臓はまだドクドク鳴っている。


ゆめか「あ、う、うん!」
ゆめか(びっくりしたびっくりしたびっくりした)

高市「というか、突然呼び出してすみません」
誉「は?高市が呼んだの?なんで入口で突っ立ってんのかと思ったら」
高市「ああはい、怒らない、睨まない。説明するから」

誉から『いつの間に連絡取り合う仲になってるんだ』というオーラを感じた高市は、慌てて経緯を説明する。

高市「昨日、橘高が休んでる時にゆめか先輩に頼まれたんだよ。学校来たら様子見ててほしいって。お前、昔病み上がりに無理してぶっ倒れたことあるんだって?まぁ、それで連絡先交換したってわけ……ってこれ、言って良かったやつっすよね?」

高市は勝手に話していたことをまずいと思ったのか、ゆめかに確認を取る。

ゆめか「あ、うん。大丈夫だよ」


誉「昔って小学生だろ…もう子供じゃないんだけど」


黙って高市の説明を聞いていた誉が不満そうに言ったのを皮切りに、ゆめかは高市と誉の言い合いに巻き込まれる。

高市「まあまあ、愛されてる証拠じゃん!ね、ゆめか先輩?」
ゆめか「愛…っ?!///」
誉「その『ゆめか先輩』てのも気に入らない」
高市「橘高がいつも『ゆめか』って言うから、俺もそっちで慣れちゃったんだよね。まあ先輩が嫌ならやめますけど…」

そう言って高市はチラッとゆめかの方を見る。

ゆめか「ううん、全然!嫌とかないよっ」
高市「だってさ!」
誉「…チッ(舌打ち)」

ゆめか(うわぁ、なんか、誉が年下っぽい!)
(いつも余裕あって、ほんとは全然後輩とか思えなかったんだけど)
(そっか、友達と話す時はこんな感じなんだ)


ゆめかが物珍しそうに、キラキラした目で2人のやり取りを見ていると、その横でツインテ美少女が高市に詰め寄っていた。


ツインテ美少女「で?早く本題」
高市「あ、そうだった。ごめんごめん。まずは2人を紹介するね」

そう言って高市は、ゆめかにツインテ美少女と短髪長身イケメンを紹介した。

高市「こっちのチビっ子が俺の双子の妹で」
ツインテ美少女「一言余計(怒)。高市麗美(れみ)です。お兄と紛らわしいんで麗美って呼んでください」

麗美は高市のお腹にパンチを食らわせながら、あまり表情を変えずに自己紹介をした。


高市「ちなみに俺の名前は累(るい)ね。んで、こっちのでっかい方が友達の」
短髪長身イケメン「須藤颯来(すどう・そら)です。麗美の彼氏やってます」

ゆめか(色々すごい情報量だ…)

ゆめか「神谷ゆめかです。えっと、よろしく…でいいのかな」

高市「おっけーおっけー。だって今日呼んだのはゆめか先輩に相談があったからで」

ゆめか「相談?」

高市「そ。中間テスト終わったら、このメンバーで海、行きません?」

高市は楽しそうに笑ってそう言った。