滝野原町も順調に回り終えてチラシの山がすっかり無くなったことを確認したぼくは会社へ戻ってきた。
「お疲れさま。 売れなかったでしょう?」 「予想通りでした。」
「ごめんなさいねえ。 売れない町にばかり行かせてしまって、、、。」 「いいんです。 修行ですから。」
「修行か、、、。 うまいこと言うわよねえ。」 金沢さんは買ってきたらしい缶コーヒーを飲んでいる。
「そうそう。 吉田君の分も有るのよ。 飲むでしょう?」 「戴ます。」
「素直よねえ。 尊敬しちゃうわ。」 「ポチですから。」
「ブ、、、、、。」 金沢さんが思わず噴き出した。
「笑わせないでよ。 あれは冗談なんだから。」 「嘘、、、金沢さんも人が悪いなあ。」
「いいの。 私はこういう人間なんだから。」 ってまた潤んだ眼でぼくを見詰めるんだ。
なおさらにグッと胸を突かれたぼくは、ただ見詰め返すことしか出来なくて、、、。
さてさて、会社を出ると回り道をして大竹アパートへ向かう。 アパートへ帰る振りをしてUターンしたんだ。
近くまで行ってから電話を掛けてみる。 「あ、、、吉田さんね? 下りるから待ってて。」
玄関から飛び出してきた雅子さんは紺色のキャミソールを着て嬉しそうにしている。 「そんなんじゃまるで、、、。」
「いいの。 夜だから誰も見てないし、、、。」 「ってさあ、下着まで見えてるんだけど、、、。」
「嫌いですか? 私みたいな女、、、。」 「嫌いじゃないけど、、、。」
「海まで行きましょう。 二人きりで過ごしたいわ。」 (今夜も危ない夜になりそうだな、、、。)
黙ったままで車を走らせる。 立ち寄ったコンビニで飲み物と簡単なつまみを買う。
雅子さんはカーラジオに聞き入っている。 ぼくは少し窓を開けた。
仄かな潮の香りが、、、。 またまた防波堤の根元まで来たぼくはエンジンを止めた。
薄暗い車内にボーっと雅子さんが浮かび上がる。 どちらからともなく後部座席に移る。
そしてまたどちらからともなく肩に腕を回して抱き寄せる。 熱い吐息を感じる。
雅子さんが頬を摺り寄せてきた。 「寂しかったの。 会いたかったわ。」
「ぼくもだよ。」 そっと手を握り合う。
不意に雅子さんが胸に飛び込んできた。 「暫くこのままで居たい。」 うっとりした目で雅子さんは訴えてくる。
ぼくも目を閉じた。 その後は、、、。
ぼくらは魔女の囁くがごとく、魔王の誘惑するがごとく流れに任せて熱く絡み合ったのである。
車の中で一夜を過ごしてしまったぼくらは人目を避けるようにしてアパートへ帰ってきた。
アパートの前で雅子さんを降ろすと手を振る姿も見ないままにぼくは会社へと突っ走っていった。
途中で買い込んだ朝食を駐車場で食べながら今日の予定を確認する。 「大竹アパート周辺を回るのか、、、。」
喜んでいいのか、それとも恨めしく思うべきなのか、、、。 ぼくは分からない。
それでもとにかく、気を取り直して車を発進させるとスマホが鳴った。 「もしもし、、、。」
「ああ、吉田君? 何処に居るの?」 「駐車場です。」
「駐車場化。 行くから待ってて。」 危ないなあ、なんでまた金沢さんが、、、?
(もしかして不倫がばれた?) そんなことは無いはずだよなあ。
5分ほどして金沢さんが駆け込んできた。 ドアを開けたら息を弾ませながら金沢さんが飛び込んできた。
「どうしたんです?」 「いやねえ、朝から意地悪する人が居るのよ。」
「意地悪? 部長にですか?」 「そんなわけで癪に障るから飛び出してきたの。」
「なあんだ。 そんなことか。」 ぼくは思わず笑いだしてしまった。
「そんなことかって何よ?」 「お説教でもするのかと思ってましたよ。」
「彼氏にお説教なんてしないわよ。」 「彼氏?」
「ほんとに好きなのよ 私。」 「部長が、、、?」
「今だけは名前で呼んで欲しいなあ。」 「金沢さん、、、。」
「そうじゃなくてーーーーー、もう雰囲気分かってないんだから。」 金沢さんは苦笑しながらぼくを見詰めた。
「やっぱりか、、、。」
車を走らせていると話声が聞こえる。 隣で金沢さんがスマホで話していた。
「うんうん。 それでいいわ。 後は、、、吉木太町ね。 頼んだわよ。」 スマホを切った金沢さんはフーっと溜息を吐いた。
「吉田君さあ、お昼は何処で食べるの?」 「ああ、考えてませんでした。」
「じゃあさあ、、、うちに来ない?」 「家にですか?」
「じゃなくて、回る所の近くに親がやってる食堂が有るのよ。 お金は私が出すからさあ。」 「分かりました。 部長の頼みなら、、、。」
「ブ、、、。」 「どうしたんですか?」
「頼んだからって、、、。 まあいいか。 そうなるわよねえ。 でもポチだからとは言わせないわよ。 彼氏なんだから、、、。」 「すいません。」
「謝ること無いの。 堂々としててね。 幸一さん。」 ぼくは思わず身震いした。
「キャーーー! 突っ込むじゃないの。 気を付けなさい。」 「部長が名前で呼んだりしたから、、、。」
それでもぼくらは営業しながら近付いていったのである。
昼になった。 約束通りにぼくは金沢さんの親がやっている食堂へやってきた。
「おー、芳江か。 忙しそうだなあ。」 「そうなの。 今日も営業の途中なの。」
「それで新入りの部下を連れ回してるのか?」 「このひとはか、れ、し。」
「えーーーーーーー? お前に彼氏だと?」 「お父さん 驚き過ぎだってば、、、。」
「そりゃあ驚くよ。 金沢家一代の慶事だあ。 母ちゃん 盃を持ってこい!」 「何もそこまで、、、。」
「んで、昼飯食べに来たんだろう? 何を食べるんだ?」 「そうねえ、お勧めでいいわ。」
「うちのは全部お勧めだあ。」 「そんなに食べれないわよ。」
「ガハハ。 ガキの頃はぜーんぶ食べてたお前がか?」 「そんなに食べてないってば、、、。」
「今日のお勧めは親子丼だあ。」 「じゃあ、それを二つ。」
「お前が二人分食べるのか?」 「そうじゃなくてーーー、彼氏の分よ。」
「分かった分かった。 待ってろ。」 二人のやり取りを聞きながらもぼくはじっとするしかない。
「こういう親なのよ 二人とも。」 「変なのでごめんなあ。 兄ちゃんよ 芳江を頼んだぞ。」
「は、はい。」 「兄ちゃんだって、、、。」
「そりゃそうだろう? 若いのを捕まえて、へい おっさんとは言えんよ。 俺でも。」 「そうよねえ。」
話を聞いていたお母さんまで隅のほうで笑い転げている。 吉田家とはえらい違いだなあ。
「芳江はあんたに任せたぞ。 よろしくな。」 水を持ってきた親父さんが真面目な顔をする。
「ちょちょちょ、まだ決まってないんだからさあ、、、。」 「お前が惚れたんなら命懸けで守ってもらわんとなあ。 なあ、兄ちゃん。」
「分かりました。」 「よっしゃ。 いい男だ。」
「吉田君まで、、、。」 「おー、吉田って言うのか。 今度飲みに来い。」
「まあまあ、、、。」 「吉田松陰の孫か?」
「お父さん、お客さんだよ。」 呆れ返ったお母さんが止めに入ってくれた。
親子丼を食べながらぼくは金沢さんの横顔を覗いた。
店を出るとぼくらはまた営業を始める。
二人で投げ込みをしながら話をしに行く。 なんとか注文も取れたようで今日は気分がいい。
「吉田君さあ、今夜は空いてるの?」 「空いてますよ。」
「じゃあさあ、今夜は二人で飲みに行こうか。」 「部長とですか?」
「私じゃ嫌かなあ?」 「ぜんぜんぜんぜん。 お付き合いしますよ。」
「じゃあ、、、7時の会議が終わったら電話するわね。」 「はい。」
そう言ってぼくらはひとまず別れたのだった。
午後7時、約束通りに電話が掛かってきた。 「起きてた?」
「はい。」 「車は出さなくていいわ。 会社からタクシーで行くから。」
「いいんですか?」 「大事な人なんだもん。 それくらいさせてよ。」
「分かりました。 お待ちしてます。」 「他人事みたいねえ。」
「だって、、、。」 「今は待ってるよって言うの。」
「待ってるよ。」 「そう。 それでいいのよ 吉田君。」
電話は切れた。 外では珍しくパトカーが走っている。
「お疲れさま。 売れなかったでしょう?」 「予想通りでした。」
「ごめんなさいねえ。 売れない町にばかり行かせてしまって、、、。」 「いいんです。 修行ですから。」
「修行か、、、。 うまいこと言うわよねえ。」 金沢さんは買ってきたらしい缶コーヒーを飲んでいる。
「そうそう。 吉田君の分も有るのよ。 飲むでしょう?」 「戴ます。」
「素直よねえ。 尊敬しちゃうわ。」 「ポチですから。」
「ブ、、、、、。」 金沢さんが思わず噴き出した。
「笑わせないでよ。 あれは冗談なんだから。」 「嘘、、、金沢さんも人が悪いなあ。」
「いいの。 私はこういう人間なんだから。」 ってまた潤んだ眼でぼくを見詰めるんだ。
なおさらにグッと胸を突かれたぼくは、ただ見詰め返すことしか出来なくて、、、。
さてさて、会社を出ると回り道をして大竹アパートへ向かう。 アパートへ帰る振りをしてUターンしたんだ。
近くまで行ってから電話を掛けてみる。 「あ、、、吉田さんね? 下りるから待ってて。」
玄関から飛び出してきた雅子さんは紺色のキャミソールを着て嬉しそうにしている。 「そんなんじゃまるで、、、。」
「いいの。 夜だから誰も見てないし、、、。」 「ってさあ、下着まで見えてるんだけど、、、。」
「嫌いですか? 私みたいな女、、、。」 「嫌いじゃないけど、、、。」
「海まで行きましょう。 二人きりで過ごしたいわ。」 (今夜も危ない夜になりそうだな、、、。)
黙ったままで車を走らせる。 立ち寄ったコンビニで飲み物と簡単なつまみを買う。
雅子さんはカーラジオに聞き入っている。 ぼくは少し窓を開けた。
仄かな潮の香りが、、、。 またまた防波堤の根元まで来たぼくはエンジンを止めた。
薄暗い車内にボーっと雅子さんが浮かび上がる。 どちらからともなく後部座席に移る。
そしてまたどちらからともなく肩に腕を回して抱き寄せる。 熱い吐息を感じる。
雅子さんが頬を摺り寄せてきた。 「寂しかったの。 会いたかったわ。」
「ぼくもだよ。」 そっと手を握り合う。
不意に雅子さんが胸に飛び込んできた。 「暫くこのままで居たい。」 うっとりした目で雅子さんは訴えてくる。
ぼくも目を閉じた。 その後は、、、。
ぼくらは魔女の囁くがごとく、魔王の誘惑するがごとく流れに任せて熱く絡み合ったのである。
車の中で一夜を過ごしてしまったぼくらは人目を避けるようにしてアパートへ帰ってきた。
アパートの前で雅子さんを降ろすと手を振る姿も見ないままにぼくは会社へと突っ走っていった。
途中で買い込んだ朝食を駐車場で食べながら今日の予定を確認する。 「大竹アパート周辺を回るのか、、、。」
喜んでいいのか、それとも恨めしく思うべきなのか、、、。 ぼくは分からない。
それでもとにかく、気を取り直して車を発進させるとスマホが鳴った。 「もしもし、、、。」
「ああ、吉田君? 何処に居るの?」 「駐車場です。」
「駐車場化。 行くから待ってて。」 危ないなあ、なんでまた金沢さんが、、、?
(もしかして不倫がばれた?) そんなことは無いはずだよなあ。
5分ほどして金沢さんが駆け込んできた。 ドアを開けたら息を弾ませながら金沢さんが飛び込んできた。
「どうしたんです?」 「いやねえ、朝から意地悪する人が居るのよ。」
「意地悪? 部長にですか?」 「そんなわけで癪に障るから飛び出してきたの。」
「なあんだ。 そんなことか。」 ぼくは思わず笑いだしてしまった。
「そんなことかって何よ?」 「お説教でもするのかと思ってましたよ。」
「彼氏にお説教なんてしないわよ。」 「彼氏?」
「ほんとに好きなのよ 私。」 「部長が、、、?」
「今だけは名前で呼んで欲しいなあ。」 「金沢さん、、、。」
「そうじゃなくてーーーーー、もう雰囲気分かってないんだから。」 金沢さんは苦笑しながらぼくを見詰めた。
「やっぱりか、、、。」
車を走らせていると話声が聞こえる。 隣で金沢さんがスマホで話していた。
「うんうん。 それでいいわ。 後は、、、吉木太町ね。 頼んだわよ。」 スマホを切った金沢さんはフーっと溜息を吐いた。
「吉田君さあ、お昼は何処で食べるの?」 「ああ、考えてませんでした。」
「じゃあさあ、、、うちに来ない?」 「家にですか?」
「じゃなくて、回る所の近くに親がやってる食堂が有るのよ。 お金は私が出すからさあ。」 「分かりました。 部長の頼みなら、、、。」
「ブ、、、。」 「どうしたんですか?」
「頼んだからって、、、。 まあいいか。 そうなるわよねえ。 でもポチだからとは言わせないわよ。 彼氏なんだから、、、。」 「すいません。」
「謝ること無いの。 堂々としててね。 幸一さん。」 ぼくは思わず身震いした。
「キャーーー! 突っ込むじゃないの。 気を付けなさい。」 「部長が名前で呼んだりしたから、、、。」
それでもぼくらは営業しながら近付いていったのである。
昼になった。 約束通りにぼくは金沢さんの親がやっている食堂へやってきた。
「おー、芳江か。 忙しそうだなあ。」 「そうなの。 今日も営業の途中なの。」
「それで新入りの部下を連れ回してるのか?」 「このひとはか、れ、し。」
「えーーーーーーー? お前に彼氏だと?」 「お父さん 驚き過ぎだってば、、、。」
「そりゃあ驚くよ。 金沢家一代の慶事だあ。 母ちゃん 盃を持ってこい!」 「何もそこまで、、、。」
「んで、昼飯食べに来たんだろう? 何を食べるんだ?」 「そうねえ、お勧めでいいわ。」
「うちのは全部お勧めだあ。」 「そんなに食べれないわよ。」
「ガハハ。 ガキの頃はぜーんぶ食べてたお前がか?」 「そんなに食べてないってば、、、。」
「今日のお勧めは親子丼だあ。」 「じゃあ、それを二つ。」
「お前が二人分食べるのか?」 「そうじゃなくてーーー、彼氏の分よ。」
「分かった分かった。 待ってろ。」 二人のやり取りを聞きながらもぼくはじっとするしかない。
「こういう親なのよ 二人とも。」 「変なのでごめんなあ。 兄ちゃんよ 芳江を頼んだぞ。」
「は、はい。」 「兄ちゃんだって、、、。」
「そりゃそうだろう? 若いのを捕まえて、へい おっさんとは言えんよ。 俺でも。」 「そうよねえ。」
話を聞いていたお母さんまで隅のほうで笑い転げている。 吉田家とはえらい違いだなあ。
「芳江はあんたに任せたぞ。 よろしくな。」 水を持ってきた親父さんが真面目な顔をする。
「ちょちょちょ、まだ決まってないんだからさあ、、、。」 「お前が惚れたんなら命懸けで守ってもらわんとなあ。 なあ、兄ちゃん。」
「分かりました。」 「よっしゃ。 いい男だ。」
「吉田君まで、、、。」 「おー、吉田って言うのか。 今度飲みに来い。」
「まあまあ、、、。」 「吉田松陰の孫か?」
「お父さん、お客さんだよ。」 呆れ返ったお母さんが止めに入ってくれた。
親子丼を食べながらぼくは金沢さんの横顔を覗いた。
店を出るとぼくらはまた営業を始める。
二人で投げ込みをしながら話をしに行く。 なんとか注文も取れたようで今日は気分がいい。
「吉田君さあ、今夜は空いてるの?」 「空いてますよ。」
「じゃあさあ、今夜は二人で飲みに行こうか。」 「部長とですか?」
「私じゃ嫌かなあ?」 「ぜんぜんぜんぜん。 お付き合いしますよ。」
「じゃあ、、、7時の会議が終わったら電話するわね。」 「はい。」
そう言ってぼくらはひとまず別れたのだった。
午後7時、約束通りに電話が掛かってきた。 「起きてた?」
「はい。」 「車は出さなくていいわ。 会社からタクシーで行くから。」
「いいんですか?」 「大事な人なんだもん。 それくらいさせてよ。」
「分かりました。 お待ちしてます。」 「他人事みたいねえ。」
「だって、、、。」 「今は待ってるよって言うの。」
「待ってるよ。」 「そう。 それでいいのよ 吉田君。」
電話は切れた。 外では珍しくパトカーが走っている。


