平町、ここで私は市電を降りる。 その女性はまだ俯いたままで降りる気配は無かった。
何の気なしに私は街路へ出る。 市電は走り去っていった。
いつものように会社の玄関を入り、いつものように担当部署の扉を開ける。 「おはようございまあす。」
部下の若々しい声が私を出迎えてくれる。 「やあ、美杉さん、今日も早いねえ。」
「資料がたくさん集まってますから。」 まだ30代の美杉佳代子は澄ました顔で応える。
「たくさんって、、、。」 「ほら、こんなに有るんですよ。」
机の上に置いた20枚ほどの紙を彼女は手繰って見せた。
「確かに、、、こりゃあたくさんだ。」 「でしょうでしょう?」
資料を確認してから今日一日の仕事が始まる。 管理室は私と美杉さんの二人だけ。
静かな部屋で互いに黙々と仕事を進めていく。 ある程度進んだら会計部やら営業部に連絡をして確認する。
確認が取れた物から印鑑を押していく。 気が抜けない仕事だ。
美杉さんは時々背伸びをしてはお茶を飲む。 「どうですか?」なんて言って入れてくれたりもする。
そのお茶を飲みながら金色のピアスをした女性のことを思い浮かべたりする。 しかし顔をしっかりと見ていないからどうも思い出せない。
「何か有ったんですか?」 咄嗟に佳代子が聞いてきた。
「いや、、、何でもないよ。」 「小林さんが浮かない顔をしてるなんて珍しいから。」
「そう?」 「初恋の相手でも思い出したんですか?」
「そ、そうかもね。 あはは。」 取り敢えず私は笑ってみた。
昼になり、社を出て近くの食堂へ、、、。 いつもの散歩コースである。
食堂のいつもの席に落ち着いて牛丼を頼んだ時、私はハッとした。 あの女性が居たからだ。
金色のピアスもそのままに、うどんを食べている。 この近くで働いているのだろうか?
確かに見覚えの有る女性なのだが、名前を思い出せない。 そこまでの仲ではなかったのか、、、。
うどんを掻き込みながらチラッと覗いた顔はやはり見覚えが有るのである。 何処かのスナックで会ったことが有りそうな、、、。
(人違いかもしれないな。) 他人の空似という言葉が有る。
知っている顔に見えても実は赤の他人だったってことも有るのだから気を付けなければ、、、。
私は牛丼を食べながら深く回想するのであった。
今の会社に入ってもう30年。 営業の下っ端からよくもまあここまでやってこれたものだ。
目立つことも目立たないことも無くて、いつも気付いたらそこに居た。
そして最近では副社長の右腕とさえ言われているのだが、私にはどうもそんな気がしない。
思い付いたことを提案して実行してもらっているだけである。 右腕なんてとても、、、。
いつだったか、アイデア賞をって話を社長に貰ったが、忝くて断ったらひどく怒られてしまった。
「小林君、君に欲が無いのは分かってるけれど、社長がせめて恩返しをと思って選んでくれたんだ。 受けてもいいんじゃないのか?」
営業部長の長岡英彦のまっとうな意見であった。 そんな彼が今は副社長なのである。
牛丼を食べ終わった私は外へ出て歩き始めた。 「小林さん!」
後ろから追い掛けてくる人が居る。 振り向いたら同期の桜井博美だ。
「桜井さん、どうした?」 「いやあ、そんなに会わないから珍しいなと思って。」
「そっか。 桜井さんは営業だもんね。」 「そうそう。 いつもは走り回ってるんですけど、今日はたまたま部屋に居たもので、、、。」
私たちはもう30年同じ会社で働いている。 お似合いだって囃されたことも有るけれど、なぜか交際すらしないまま、こうして仲良くしている。
桜井さんもこれという連れには巡り会わなくて気付いたらおばさんになってしまったって笑っている。
彼女はね、最初は総務部に配属されてたんだ。 私は営業部だった。
それで営業から帰ってくると「お疲れ様。」って言っていつもお茶を出してくれていた。
彼女が会計部に移った時、私は総務部だった。 だからこの時はあんまり会わなかったんだよな。
夏と冬の飲み会で隣り合ったら話すくらいだった。 そして今、、、。
今日も近くの公園で昼休みいっぱい日向ぼっこである。 暢気なもんだ。
暖かい日差しの中で中年の男女がベンチに座ってぼんやりしている。
真昼間なんだから遊んでいる子供たちも居ない。 たまたま前を走る車も居ない。
そこを秋風が爽やかに吹き抜けていくだけ。 隅には秋桜が咲いている。
行き交う人もまばらである。 寂しいもんだね。
何の気なしに私は街路へ出る。 市電は走り去っていった。
いつものように会社の玄関を入り、いつものように担当部署の扉を開ける。 「おはようございまあす。」
部下の若々しい声が私を出迎えてくれる。 「やあ、美杉さん、今日も早いねえ。」
「資料がたくさん集まってますから。」 まだ30代の美杉佳代子は澄ました顔で応える。
「たくさんって、、、。」 「ほら、こんなに有るんですよ。」
机の上に置いた20枚ほどの紙を彼女は手繰って見せた。
「確かに、、、こりゃあたくさんだ。」 「でしょうでしょう?」
資料を確認してから今日一日の仕事が始まる。 管理室は私と美杉さんの二人だけ。
静かな部屋で互いに黙々と仕事を進めていく。 ある程度進んだら会計部やら営業部に連絡をして確認する。
確認が取れた物から印鑑を押していく。 気が抜けない仕事だ。
美杉さんは時々背伸びをしてはお茶を飲む。 「どうですか?」なんて言って入れてくれたりもする。
そのお茶を飲みながら金色のピアスをした女性のことを思い浮かべたりする。 しかし顔をしっかりと見ていないからどうも思い出せない。
「何か有ったんですか?」 咄嗟に佳代子が聞いてきた。
「いや、、、何でもないよ。」 「小林さんが浮かない顔をしてるなんて珍しいから。」
「そう?」 「初恋の相手でも思い出したんですか?」
「そ、そうかもね。 あはは。」 取り敢えず私は笑ってみた。
昼になり、社を出て近くの食堂へ、、、。 いつもの散歩コースである。
食堂のいつもの席に落ち着いて牛丼を頼んだ時、私はハッとした。 あの女性が居たからだ。
金色のピアスもそのままに、うどんを食べている。 この近くで働いているのだろうか?
確かに見覚えの有る女性なのだが、名前を思い出せない。 そこまでの仲ではなかったのか、、、。
うどんを掻き込みながらチラッと覗いた顔はやはり見覚えが有るのである。 何処かのスナックで会ったことが有りそうな、、、。
(人違いかもしれないな。) 他人の空似という言葉が有る。
知っている顔に見えても実は赤の他人だったってことも有るのだから気を付けなければ、、、。
私は牛丼を食べながら深く回想するのであった。
今の会社に入ってもう30年。 営業の下っ端からよくもまあここまでやってこれたものだ。
目立つことも目立たないことも無くて、いつも気付いたらそこに居た。
そして最近では副社長の右腕とさえ言われているのだが、私にはどうもそんな気がしない。
思い付いたことを提案して実行してもらっているだけである。 右腕なんてとても、、、。
いつだったか、アイデア賞をって話を社長に貰ったが、忝くて断ったらひどく怒られてしまった。
「小林君、君に欲が無いのは分かってるけれど、社長がせめて恩返しをと思って選んでくれたんだ。 受けてもいいんじゃないのか?」
営業部長の長岡英彦のまっとうな意見であった。 そんな彼が今は副社長なのである。
牛丼を食べ終わった私は外へ出て歩き始めた。 「小林さん!」
後ろから追い掛けてくる人が居る。 振り向いたら同期の桜井博美だ。
「桜井さん、どうした?」 「いやあ、そんなに会わないから珍しいなと思って。」
「そっか。 桜井さんは営業だもんね。」 「そうそう。 いつもは走り回ってるんですけど、今日はたまたま部屋に居たもので、、、。」
私たちはもう30年同じ会社で働いている。 お似合いだって囃されたことも有るけれど、なぜか交際すらしないまま、こうして仲良くしている。
桜井さんもこれという連れには巡り会わなくて気付いたらおばさんになってしまったって笑っている。
彼女はね、最初は総務部に配属されてたんだ。 私は営業部だった。
それで営業から帰ってくると「お疲れ様。」って言っていつもお茶を出してくれていた。
彼女が会計部に移った時、私は総務部だった。 だからこの時はあんまり会わなかったんだよな。
夏と冬の飲み会で隣り合ったら話すくらいだった。 そして今、、、。
今日も近くの公園で昼休みいっぱい日向ぼっこである。 暢気なもんだ。
暖かい日差しの中で中年の男女がベンチに座ってぼんやりしている。
真昼間なんだから遊んでいる子供たちも居ない。 たまたま前を走る車も居ない。
そこを秋風が爽やかに吹き抜けていくだけ。 隅には秋桜が咲いている。
行き交う人もまばらである。 寂しいもんだね。


