さよならの春 ぼくと真奈美の恋物語

 制服の下には大好きだったcdが納められていた。 写真を見ながら遺骨になって出てきた真奈美を思い出した。
左の大腿骨は崩れていた。 会いに行った時には鎮痛剤も効かなかったんだよね?
その一週間後には麻酔で眠らされていることが多かった。 まだまだやりたいこと有ったよね?
写真に向かって呟いてみる。 寂しさが込み上げてくる。
死んでしまったんじゃどうしようもない。 ぼくは窓を開けた。
 もう秋だ。 季節はぼくのことなんてお構いなしに過ぎていく。
田んぼのあぜ道にはヒガンバナが恨めしそうに咲いている。 何となく不気味に見えるのはなぜだろう?
 いつの間にか、トーマスの前も通らなくなっていた。 通れば何かを思い出しそうで、、、。
一日中、部屋に籠って何をするということも無いままにパソコンと睨めっこをする。

 あれから母さんは四人ほど霊媒師だという人を連れてきた。 陰陽師だっていう人も居た。
それで取り敢えずお払いという物をやってもらったけれど、何も変わらなかった。
状況は良くも悪くもならず、そのままに過ぎていった。 これでいいのだろうか?
 15夜も過ぎて風もいよいよ冷たくなってきた。 子供の頃はよく観月かいなんてやったけど、今は月を見ることも無くなってしまった。
(この状態を何とかしなきゃ、、、。 お寺の坊さんも何度となく来て、いろんな話をしてくれた。
でもさっぱり納得できないんだよ。 供養とか回向って何?
幽霊がどうやって功徳を運んでくるのさ? あちらこちらやれるだけの批判をする。
そして真奈美の写真を見詰めている。 真奈美は何も言わない。
 ぼくは写真を見ながら1年生の学芸会を思い出した。 みんなで歌うことになったんだ。
講堂にはたくさんのお母さんたちが見に来ていた。 その中でぼくが挨拶をした。
「これからみんなで歌を歌います。」 それだけ言うのがやっとだった。
「曲名は?」 真奈美が肘で突っついてくる。 「えっと、、、。」
もじもじしているぼくを見て「団子三兄弟を歌います!」って真奈美が大声で言ったものだから会場は大爆笑に包まれてしまった。
担任だった篠山明子先生はピアノの前で苦笑していたっけ。 「ったくもう、、、ダメなんだからねえ。」
真奈美は家に帰るまでぶつくさ文句を言っていたことを居間も覚えている。 寝坊助の上がり性じゃあ、やってらんないよなあ。
それでも高校生の時は弁論大会にも出たんだぞ。 何を喋ったのか覚えてないけどね。
ぼくはどうしようもない特別天然記念物だね。 それから2年、、、。
他のクラスメートとはたまに会うだけ。 会えば真奈美のことで盛り上がる。
大して可愛いやつじゃなかったけど人気だったんだよ あいつ。 短大に行ったのもあいつだけだったしね。
クレープ屋で働いているやつが居る。 こいつも真奈美が好きだった。
会うといつも言われる。 「お前はいいよなあ。 真奈美に好かれてて、、、。」
「何でだよ?」 「何回ラブレターを書いても破るんだぜ。 猛が居るからって。」
「そうだったの?」 「知らなかったのか?」
「聞いたこと無いなあ。」 「お前のことを心配してたんだな あいつ。」
「隣に住んでたからだよ。」 「それだけじゃないぞ。 好きだったんだよ。」
「そう?」 「寝坊助で忘れん坊で上がり性じゃあやってらんないからなあ。」
そいつはいつもぼくを見て笑っていた。
修理工場で働いているやつが居る。 こいつも真奈美が好きだった。
「でもさあ、いざ告ろうとすると逃げるんだよ あいつ。」 「何で?」
「分かんねえけど、他に好きなやつが居たんじゃないのか?」 「かもな。」
うちのクラスってそれなりに仲は良かったんだ。 引っ越したり死んだりして人数は減ったけどさ。
みんないいやつだった。 時には大喧嘩もするけど。
「そんなくだらないことで喧嘩しないの。」 真奈美が言うと不思議にも治まっちゃうんだ。

 小学校の卒業式の日、真奈美は一人で涙ぐんでいた。 「どうしたの?」
「だってさ、中学校に行ったら猛君と離れちゃうんだもん。」 「何で?」
「だって別々の学校に行くんでしょう?」 「え? 同じ学校に行くんだけど、、、。」
「そうなの? 良かったあ。」 真奈美は一人で泣いて一人でホッとした。
「猛君さあ、私が居ないと何にも出来ないのよねえ。」 「そんなこと無いよ。」
「じゃあ、一人で学校に行ける?」 「子供じゃないんだから。」
「猛君って大人だったの?」 「大人じゃないけど、、、。」
「じゃあ子供じゃない。 ごまかさないの。」 「ごめん。」
「ほらほら、やっぱり私が居ないとダメじゃん。」 真奈美はぼくを見て嬉しそうな顔をした。
(本当に好きだったのかな?) そう言えば一度だけ手紙を貰ったことが有る。

 『猛君さあ、陸上も頑張ってるよね? 来月には試合も有るんでしょう?
無理しなくていいからベストを尽くしてね。 ファイトだよ!』

 ノートの走り書きだったけど、本人に聞いたら物凄い勢いで「違う違う!」って否定してた。
でもさ、癖の有る丸文字は確かに真奈美だった。 優しい字だった。
高校の文集には気になる投稿をしていた.

 『もしも将来出会えるなら一緒に歩いてくれる人と巡り会いたい。
その人が忘れん坊でも寝坊助でも上がり性でもいいから。』

 クラスの連中はあれやこれやと推測して「あれは絶対山下だ。」と言い張って譲らなかった。
でもぼくには、、、。
 そんな秋の日、吉川さんが家を訪ねてきた。
「お、山下 元気だったか?」 「何か用ですか?」
「何かは無いだろう。 用が有るから来たんだよ。」 彼はぼくの部屋に入ると真奈美の写真を見付けた。
「お前、真奈美ちゃんと友達だったのか?」 「はい。」
「俺さあ、真奈美ちゃんとは親戚なんだよ。」 「え?」
そう、真奈美のお父さんのお兄さんの子供、それが吉川さんだったんだ。
「俺が高校の時にこの町に引っ越してきたんだ。 その頃から真奈美の親父とも釣りに行ったりキャンプをしたりしてたんだよ。」 「そうなんすか?」
「真奈美ちゃんもいつも来てたっけなあ。」 「真奈美もキャンプなんか好きでしたからねえ。」
「真奈美ちゃんからはお前のこともよく聞いたよ。 寝坊助で忘れん坊で、、、。」 「もうもうもう、それは、、、。」
吉川さんは運動会の写真を手に取った。 「お前も走ってたんだなあ。」
「まあ、一応は。」 彼は真奈美の目を見詰めた。
「真奈美ちゃん、お前のことを心配してたんだな。」 「そうみたいですね。」
「そうみたい、、、じゃないぞ。 あの子は本気だったんだ。」
それから彼は真面目な顔になった。
 「もう一度、店に戻ってこないか?」 「店に?」
「こないださ、真奈美ちゃんの夢を見たんだよ。」 「夢?」
「猛君を許してあげてって。 叫んだり転んだりしてたのは私のせいなんだって。」 「そんな、、、。」
「気付いてほしかった。 呼びかけても振り向いてくれないからって。」 「そんな、、、。」
「だからさ、戻ってきてくれ。」 吉川さんは優しい顔でそう言った。