ぼくと真奈美は生まれた時から一緒に居た。 母さんたちにはいつも「あんたたち、結婚するのかい?」って聞かれたくらいだった。
ぼくが風邪をひいて学校を休むと、真奈美はいつも先生の手紙を持ってきてくれた。
そして「早く元気になってね。 また一緒に遊ぼう。」って元気をくれた。
クラスでは掃除係とか図書係をよくやっていた真奈美。
ぼくが学級委員になった時にはいつも相談に乗ってくれていた。 そんな真奈美が居なくなったんだ。
悲しいとか寂しいという言葉だけでは言い表されないような空虚感に支配されてしまっている。
人って何処から来るんだろう? そして何処へ行くんだろう?
天国とか極楽とか地獄とかって言うけれど、そんな世界は本当に在るんだろうか?
在るのなら実際に行ってみたい。 真奈美に会えるかもしれないから。
真奈美が生まれた頃、ぼくはまだお腹の中に居た。 その頃のぼくは何を考えていたのだろう?
ぼくは何をしに生れてきたのだろう? 真奈美は今度は何処で生まれるのだろう?
分からない事ばかりだ。 そんなことを誰に聞いても教えてはくれない。
炉の煙突からはまだ煙が立ち上っている。 真奈美はどうしているだろう?
2時間ほどして「火葬が終わりました。」という職員の声が聞こえて、ぼくらはまた炉の前に集まった。
重たい扉が開かれ台が引き出されてくる。 それをみんなは静かに見守っている。
「ご親族の皆様、収骨をお願いいたします。」 職員の挨拶でみんなは無言のまま台に向かった。
一つずつ丁寧に遺骨を取り上げ、骨壺に収めていく。 だけど左の大腿骨はボロボロだった。
そしてそれは骨盤にまで影響していた。 (こんなにもひどかったのか。)
誰もがその状態に愕然としていた。 笑顔からは誰も想像すら出来なかったのだ。
「真奈美、、、苦しかったよね。 痛かったよね。 よく耐えたね。 でもさ、なんでぼくに言ってくれなかったのさ? ずっと傍に居たのに。」
寂しくて悔しくて、その夜はずっと朝まで写真を見詰めたまま眠れなかったんだ。
そして真奈美は無言のまま家に帰ってきた。 仏壇に手向けられた花が揺れていた。
「とうとう逝っちゃったね。 猛君、ずっと友達で居てくれてありがとう。」 父さんが涙をこらえながらぼくにそう言った。
まだまだ真奈美が死んだことを受け入れられずにいるぼくは何も言えなくてただお辞儀をした。
「猛君、真奈美はいつも君のことを心配してたよ。」 「そうだって聞いてます。」
「真奈美はね、保育士になりたかったんだ。 だから短大にも行ったのに、、、。」
お父さんは骨壺を見詰めながら拳を握り締めた。 余程に悔しかったのだろう。
19年で散ってしまった命、、、いや もしかすると自分が散らしてしまったのかもしれない命、、、。
これほどの重病に冒されていたなんて、なぜ気付いてやれなかったのか? 無念と後悔と苛立ちが誰の胸にも押し寄せていた。
しかし、それをいくら責めても真奈美は帰ってこない。 それどころか真奈美を悲しませてしまう。
誰もがそうも思っていた。
やがて真奈美の遺骨は納骨堂に収められた。 それからしばらくして真奈美のお母さんがダンボール箱を持ってきた。
今、ぼくの部屋には真奈美の写真が飾ってある。 そしてぼくはトーマスに戻った。
心の何処かに真奈美は住んでいる。 元気だったあの笑顔のままで。
そしていつか、ぼくの所へ生まれてくる。 そんな気がする。
たった19年だけだったけど、ずいぶんと前から一緒に居たんだ。
1歳の誕生日を迎えた日、母さんは初めて真奈美に会わせてくれた。 知らない間に兄妹よりも仲良くなってしまった。
それで高校まで真奈美は隣に居たんだ。 離れても離れなかったんだね。
中学生になった真奈美を見てぼくは戸惑ってしまった。
高校時代、机に向かって本を読んでいる真奈美が何処かのお姉さんみたいに見えた。
「いつも通りでいいのよ。」って母さんは笑っていたけれど、女らしくなっていく真奈美を真正面から見れなかったんだ。
試験が近付くと一緒に勉強したり調べ物をした。 好きとか嫌いとか、そんなことを考えたことは無かったな。
同級生たちが告白したの振られたのって騒いでいる時もぼくらはふつうに付き合っていた。 ずっとこのままだって思っていた。
それは真奈美も同じだったんじゃないかな?
そしてぼくの二十歳の誕生日が来た。
「今日もしっかり頼んだぞ。」 制服を着たぼくの肩を吉川さんがポンと叩いた。
「分かりました。」 「お前も2年目だ。 そろそろ本気で売り場を任せようと思ってる。」
「いえいえ、それはまだ、、、。」 「心配するな。 内山さんも一緒だ。」
彼はそう言うと仕入れ係を呼んで話し始めた。 ぼくはというと文房具のチェックをしながら売り場を歩いている。
「猛君、頑張ってるね。 無理しないのよ。」 真奈美が何処かで見ているような気がする。
「山下さん、あの、、、。」 涼子の声も聞こえていない。
そこで涼子が肩を強く叩いたものだから、ぼくは壁に突っ込んでしまった。 「まったくもう、、、。 何してるんですか?」
「ごめんごめん。 考え事してたんだ。」 「考え事? 死んだあの人のことですか? いい加減にしてください。 私が居るんです。」
涼子は珍しく怒っている。 何がそうさせるのか、ぼくには分らない。
戸惑っていると彼女は話を続けた。 「いいですか。 死んだ人は死んだ人なんです。 いくら思っても帰っては来ません。 でも私はここに居るんです。 山下さんと一緒に働いているんです。 分かってますか?」
涼子の眼には涙が溢れていた。 それを見てしまったから、ぼくには何も言えない。
「いいですか? もう、その人のことは思い出さないでください。 悲しくなります。」 そこまで言うと彼女は休憩室に入っていった。
午後も彼女はぼくと一緒に動き回ってくれた。 あれやこれやと相談にも乗ってくれた。
あの日の真奈美のようにね。
閉店後、バス停に立っていると涼子が追い掛けてきた。 「何?」
「山下さん 明日も一緒に頑張りましょうねえ。 おやすみなさーーーい。」 それだけ言うと真っ赤になった彼女はさっさとバイクで消えていった。
どうしたんだろう? 不思議なくらいに胸が弾んでいる。
さっきまであれほどに沈んでいたはずなのに、、、。
「もう、あの人は死んで居ないんですよ。」、、、か。 確かにそうだよな。
幽霊になってしまった真奈美に何が出来るんだろう? 思い出の中で生きているだけなんだ。
隣には居ないんだ。 ぼくの心の中で何かが変わり始めていた。
それはいったい、、、?
ぼくが風邪をひいて学校を休むと、真奈美はいつも先生の手紙を持ってきてくれた。
そして「早く元気になってね。 また一緒に遊ぼう。」って元気をくれた。
クラスでは掃除係とか図書係をよくやっていた真奈美。
ぼくが学級委員になった時にはいつも相談に乗ってくれていた。 そんな真奈美が居なくなったんだ。
悲しいとか寂しいという言葉だけでは言い表されないような空虚感に支配されてしまっている。
人って何処から来るんだろう? そして何処へ行くんだろう?
天国とか極楽とか地獄とかって言うけれど、そんな世界は本当に在るんだろうか?
在るのなら実際に行ってみたい。 真奈美に会えるかもしれないから。
真奈美が生まれた頃、ぼくはまだお腹の中に居た。 その頃のぼくは何を考えていたのだろう?
ぼくは何をしに生れてきたのだろう? 真奈美は今度は何処で生まれるのだろう?
分からない事ばかりだ。 そんなことを誰に聞いても教えてはくれない。
炉の煙突からはまだ煙が立ち上っている。 真奈美はどうしているだろう?
2時間ほどして「火葬が終わりました。」という職員の声が聞こえて、ぼくらはまた炉の前に集まった。
重たい扉が開かれ台が引き出されてくる。 それをみんなは静かに見守っている。
「ご親族の皆様、収骨をお願いいたします。」 職員の挨拶でみんなは無言のまま台に向かった。
一つずつ丁寧に遺骨を取り上げ、骨壺に収めていく。 だけど左の大腿骨はボロボロだった。
そしてそれは骨盤にまで影響していた。 (こんなにもひどかったのか。)
誰もがその状態に愕然としていた。 笑顔からは誰も想像すら出来なかったのだ。
「真奈美、、、苦しかったよね。 痛かったよね。 よく耐えたね。 でもさ、なんでぼくに言ってくれなかったのさ? ずっと傍に居たのに。」
寂しくて悔しくて、その夜はずっと朝まで写真を見詰めたまま眠れなかったんだ。
そして真奈美は無言のまま家に帰ってきた。 仏壇に手向けられた花が揺れていた。
「とうとう逝っちゃったね。 猛君、ずっと友達で居てくれてありがとう。」 父さんが涙をこらえながらぼくにそう言った。
まだまだ真奈美が死んだことを受け入れられずにいるぼくは何も言えなくてただお辞儀をした。
「猛君、真奈美はいつも君のことを心配してたよ。」 「そうだって聞いてます。」
「真奈美はね、保育士になりたかったんだ。 だから短大にも行ったのに、、、。」
お父さんは骨壺を見詰めながら拳を握り締めた。 余程に悔しかったのだろう。
19年で散ってしまった命、、、いや もしかすると自分が散らしてしまったのかもしれない命、、、。
これほどの重病に冒されていたなんて、なぜ気付いてやれなかったのか? 無念と後悔と苛立ちが誰の胸にも押し寄せていた。
しかし、それをいくら責めても真奈美は帰ってこない。 それどころか真奈美を悲しませてしまう。
誰もがそうも思っていた。
やがて真奈美の遺骨は納骨堂に収められた。 それからしばらくして真奈美のお母さんがダンボール箱を持ってきた。
今、ぼくの部屋には真奈美の写真が飾ってある。 そしてぼくはトーマスに戻った。
心の何処かに真奈美は住んでいる。 元気だったあの笑顔のままで。
そしていつか、ぼくの所へ生まれてくる。 そんな気がする。
たった19年だけだったけど、ずいぶんと前から一緒に居たんだ。
1歳の誕生日を迎えた日、母さんは初めて真奈美に会わせてくれた。 知らない間に兄妹よりも仲良くなってしまった。
それで高校まで真奈美は隣に居たんだ。 離れても離れなかったんだね。
中学生になった真奈美を見てぼくは戸惑ってしまった。
高校時代、机に向かって本を読んでいる真奈美が何処かのお姉さんみたいに見えた。
「いつも通りでいいのよ。」って母さんは笑っていたけれど、女らしくなっていく真奈美を真正面から見れなかったんだ。
試験が近付くと一緒に勉強したり調べ物をした。 好きとか嫌いとか、そんなことを考えたことは無かったな。
同級生たちが告白したの振られたのって騒いでいる時もぼくらはふつうに付き合っていた。 ずっとこのままだって思っていた。
それは真奈美も同じだったんじゃないかな?
そしてぼくの二十歳の誕生日が来た。
「今日もしっかり頼んだぞ。」 制服を着たぼくの肩を吉川さんがポンと叩いた。
「分かりました。」 「お前も2年目だ。 そろそろ本気で売り場を任せようと思ってる。」
「いえいえ、それはまだ、、、。」 「心配するな。 内山さんも一緒だ。」
彼はそう言うと仕入れ係を呼んで話し始めた。 ぼくはというと文房具のチェックをしながら売り場を歩いている。
「猛君、頑張ってるね。 無理しないのよ。」 真奈美が何処かで見ているような気がする。
「山下さん、あの、、、。」 涼子の声も聞こえていない。
そこで涼子が肩を強く叩いたものだから、ぼくは壁に突っ込んでしまった。 「まったくもう、、、。 何してるんですか?」
「ごめんごめん。 考え事してたんだ。」 「考え事? 死んだあの人のことですか? いい加減にしてください。 私が居るんです。」
涼子は珍しく怒っている。 何がそうさせるのか、ぼくには分らない。
戸惑っていると彼女は話を続けた。 「いいですか。 死んだ人は死んだ人なんです。 いくら思っても帰っては来ません。 でも私はここに居るんです。 山下さんと一緒に働いているんです。 分かってますか?」
涼子の眼には涙が溢れていた。 それを見てしまったから、ぼくには何も言えない。
「いいですか? もう、その人のことは思い出さないでください。 悲しくなります。」 そこまで言うと彼女は休憩室に入っていった。
午後も彼女はぼくと一緒に動き回ってくれた。 あれやこれやと相談にも乗ってくれた。
あの日の真奈美のようにね。
閉店後、バス停に立っていると涼子が追い掛けてきた。 「何?」
「山下さん 明日も一緒に頑張りましょうねえ。 おやすみなさーーーい。」 それだけ言うと真っ赤になった彼女はさっさとバイクで消えていった。
どうしたんだろう? 不思議なくらいに胸が弾んでいる。
さっきまであれほどに沈んでいたはずなのに、、、。
「もう、あの人は死んで居ないんですよ。」、、、か。 確かにそうだよな。
幽霊になってしまった真奈美に何が出来るんだろう? 思い出の中で生きているだけなんだ。
隣には居ないんだ。 ぼくの心の中で何かが変わり始めていた。
それはいったい、、、?