夕方である。 真昼の太陽も西の空に傾いて赤く燃えている。
彩葉は積み上げた教科書の一つを手に取って溜息を吐いた。 (これ、やっていけるのかな?)
 つかさだって自分のことを心配してくれてたのは十分に分かっている。 勉君だってそれは同じだろう。
馬宮君たちはどうでもいいとして、健太君たちが手伝ってくれるとはいってもそれに甘えるわけにはいかない。 彼女は(自分はやっぱり独りぼっちなんだ。」と思ってしまった。

 この変な体に気付いたのは小学2年の時だった。 プールで水遊びをしていた彩葉の顔色が変なことに担任が気付いたのだ。
最初は暑さで弱っているんだろうと誰もが思っていた。 でも皮膚が赤く腫れあがり爛れたようになったのを見て母親が病院へ連れて行ったのだった。
 何件も内科や皮膚科を訪ね歩いた。 その結果、導き出されたのが太陽アレルギーだったのだ。
 その後、子供たちは彩葉に闇星人とか陰葉とか様々なあだ名を付けては囃し立てるようになってきた。
わざと日の当たる所で長話をしたり、教科書を持ち出しては逃げ回ったり、、、。
 そのたびに担任もつかさたちも虐めを止めるように話したのだが誰も聞いてくれない。 いつの間にか彩葉は学校を休むようになってしまった。
 それにブチ切れたのは勉である。 普段は温厚そうな彼でもさすがにそれだけは許せなかったらしい。
 「馬宮君、お前たちが彩葉にやったことを俺がしてやろうか? どんだけ苦しい思いをするか分かってないだろう?」 マジ切れしている勉を誰も止められなかったな。
そりゃそうだよ。 昼休みになると運ばれてきた牛乳を彩葉の前でわざとこぼしてみたり、濡れている雑巾を彩葉の机の上に置いたり、ノートを濡らしたり、、、。
ぼくだって我慢は出来なかったよ。 でも馬宮達には何も言えなかった。臆病だったんだね。 彩葉の隣に居ることしか出来なかった。
 運動会の日も彩葉は一人で寂しそうに弁当を食べていたっけ。 お母さんたちは仕事で休めなかったんだから。
それにアレルギーが分かって以後、彩葉が競技に参加することは減ってしまった。
「あいつさあ、ああやって逃げてるんだよ。 汚いよな。」 誰かの親がそう話しているのを聞いたことが有る。
それを真に受けた後輩たちが集団で囃しに来ることだって有った。 担任まで巻き込んで大喧嘩もしたっけな。
 そんな時に力を貸してくれたのが吉岡先輩だった。 「3年の担任は俺に任せとけ。」
そう言って職員室に飛び込んでいく。 激論も毎日だった。
 これには校長も我慢できなくなって職員会議で個人的な虐めについて情報共有と対策を話し合ったりしてくれたんだ。
 それでもなお、訳の分かってない後輩たちの囃しは続いた。 文化祭でもそうだった。
 5年生の時から彩葉は進行係をしていた。 朝からずっとマイクの前に座っているんだ。
それを見た後輩たちは訳もなく訳も分からずに冷かし続けた。
「あいつさあ、激にも出してもらえないんだよ。 馬鹿だから。」 「あいつさあ、歌も歌わせてもらえないんだよ。 あんなの要らないよね。」
「5年生のお人形さんだって。 可愛いから許してやるけどあんなのが学校に来てるの?」 その囃しに親までが乗ってしまってあちらこちらで噂が噂を呼んで広がっていった。
 先生たちも話は聞いてくれるが直接動こうとはしなかった。 忙しいとか面倒くさいとか言ってね。
 昼休み、放送席の片隅で彩葉がしょんぼりしているのを見付けたつかさが飛んできた。 「どうしたんだよ?」
「実はさ、、、。」 「ああ、そのことなら勉が後輩たちを捕まえてお説教をしてる。 心配しないで。」
「ほんとにいいの?」 「大丈夫だって。 がん切れした勉の話だ。 聞かない人は居ないから。」
ぼくが彩葉を見付けたのはつかさが飛んで行った後だった。 「ごめんね。 何も出来なくて、、、。」
「いいの。 つかさちゃんたちが動いてくれたから。」 ぼくはただ彩葉の隣に居ることしか出来なかったのに、、、。

 運動会の時はさすがに父さんもガチギレしたらしく、教育委員会と保護者会に飛び込んで猛烈な抗議をした。
彩葉のお父さんたちも同行はしたが、ぼくの父さんが激しく抗議するのを見て躊躇してしまったというくらいだ。
 でもね、聞いてみたら分かるよ。 「昼休み、あの子は弁当すら食べさせてもらえなかったんだろう?」
「ラジオ体操すらまともにやれないんだったら運動会に参加する意義は無いんじゃないのか?」 「あの子のお母さんは校長の愛人だよ。 だからこうして出させてやってるんだ。」
「病気だとか何だとかって言えば運動会だって何だって特別待遇されるんだねえ。 いいご身分じゃないか。」
 まったくひどい話だよ。 アレルギーなんて言ってもその苦しみは本人じゃないと分からないのに、、、。
 でもおかげで灰原家も保護者会に立て付くクレイマーだって言われるようになってしまった。
 でも、その中で大事件が起きるんだ。 卒業式の当日だった。

 3月8日は火曜日だった。 バタバタと教室へ入っていったぼくと勉は唖然とした。
彩葉の机の上に花束が置かれている。 「何だ、これ?」
「勉君、この葉書は、、、。」 「いたずらだ。 彩葉が死んだと思って誰かがやったんだ。」
そこへつかさが入ってきた。 「つかさちゃん、彩葉たちは?」
「まだだよ。 校門の所に居るみたい。」 「そか。 健太、彩葉をしばらく教室に入れないほうがいいな。」
「んで、どうするの?」 「俺たちが職員室に行ってくる。 花束と葉書を隠すまで彩葉を入れるな。」
「分かった。」
 それで勉は何人かと一緒に職員室へ飛んで行った。 卒業式の準備も有って誰もがバタバタしている。
その中で起きた大事件だ。 教頭までが教室に飛んできた。
「誰がこんなことを?」 「分かりません。」
「君たちが最初に見付けたのか?」 「そうです。」
「ということは、、、。 昨日の下校時から今朝までの間に置かれたんだな?」 「しかし誰が?」
担任の吉村百合子先生も困惑しきった顔で花束を見詰めている。 黒縁の葉書まで丁寧に置かれているなんて、、、。
 「では、この花束と葉書は用務員室に保管します。 そんで、全校生徒にはくれぐれも内緒に。」 「でもそれでは、、、。」
「調査は卒業式が終わってからやりましょう。 それまでは私も動けないから。」
 教頭が花束を抱えて教室を出て行った後、つかさが彩葉を連れてきた。
「何か有ったの?」 「いやいや、教頭先生が健太たちと話してたのよ。 男だけの話だからって。」
つかさも微妙な顔で話しているものだから彩葉は不安になってきたらしい。 「灰原君、何か有ったの?」
ぼくにそう聞いてきた。 話すか、話さずにおくか、、、。
でもいずれ、分かることだ。 「落ち着いて聞いてね。 実はさ、、、。」
 ぼくは彩葉を音楽室に連れて行ってから話し出した。 「え? そんなことが、、、?」
「でもこれはまだみんなには内緒なんだよ。 ぼくらは知ってるけど、、、。」 「馬宮君たちじゃないの?」
「それはどうか分からない。 でもあいつらじゃないことは確かなんだよ。」 「何で?」
「だって馬宮たちは吉岡さんたちとずっと遊んでたんだもん。」 「そっか。」
 彩葉はそれでもどこか吹っ切れない顔で馬宮たちを見ている。 つかさはそれに気付いていた。
「馬宮君たちは関係無いよ。 ずいぶんと意地悪はしてきたけど、葬式みたいなことまではやらないよ。」 「信じてもいいの?」
「まっかせなっさーーーーーい。 つかさちゃんが保証するわ。」 「つかさ、それはやり過ぎ。」
空かさず勉が突っ込みを入れる。 睨み返すつかさを笑っているやつが居る。

 卒業式は終わった。 それぞれに卒業証書が手渡され、ホームルームを経て下校時間になった。
 下駄箱にまで来た時、彩葉が振り向いた。 そして軽く頭を下げてから昇降口を出て行った。
穏やかでは済まされなかったのはそれからである。 先生たちは教え子たちの家庭訪問を始めた。
こればかりは保護者会も神妙な顔で見守るしかない。 あれほど好き勝手に侮辱していた人たちが水を打ったように静かなのだ。
 在校生の中でも花束事件は知られていった。 でも犯人が見付からない。
そのまま三日が過ぎたのである。