校舎を出たぼくら電車組は集団になって私鉄の駅へ向かう。 15分くらいかな。
それぞれに挨拶をしながら上り下りのホームへ別れていく。 ぼくは上り側だ。
のろのろと電車が入ってきた。 ドアが開くとみんな座席を求めて駆け込んでいく。
折原さんはそんなみんなを見ながら一人吊革を持って、、、。
 電車が走り出すとぼくは連結器の上に立った。 なんか、ここ好きなんだよなあ。
別に鉄道お宅って訳でもないんだけど、走ってるって感じが好きなんだ。
乗ってる電車は急行でね、何駅か通過するんだ。 隣には追い越される各駅停車が止っている。
ガタンゴトンガタンゴトン、、、あのレールの響きも好きだなあ。 時々寝てしまうけど。

 30分ほど走ったら降りる駅に到着する。 ほとんどのクラスメートはもう降りていて車内は静かになってる。
「じゃあ明日な。」 駅を出るとそこから家まで20分くらい。
ここを毎日歩くのかと思うと憂鬱な気分になる。
自転車にでも乗りたい気分だよ。 でも乗れないんだよなあ。
 家には40歳になる母さんと48歳の父さん、それに6年生の妹 郁子が居ます。 そして我が家のアイドル、白猫のリーチが、、、。
「ただいまーー。」 郁子はもう帰ってきていてお菓子を食べながらテレビを見ています。
リーチは何処かで散歩中らしい。
「誰か来たね。」 「誰か来たね、、、じゃなくてさあ。」
「なんだ、兄ちゃんか。」 「なんだは無いだろう? こら。」
「帰ったの?」 「帰っちゃダメか?」
「ダメダメ。 まだ昼だもん。」 「こんちきしょう、、、。」
そこへ母 真理恵が入ってきた。 「お帰り。 高校はどうだった?」
「どうだった?ってさっきまで母さんも居たじゃない。」 「だけどホームルームは違うでしょう?」
「担任は吉岡先生だよ。 なんか厳しそう。」 「何で?」
「挨拶一つでもさあ、うるさいんだよ。」 「いい先生じゃないか。 これでお前もちっとは学生らしくなるね。」
「何でだよ?」 「教科書は忘れるし宿題はやらないし、、、。」
「そうだよねえ、遊んでばっかだもんねえ お兄ちゃん。」 「こらこら、、、。」
「兄ちゃん ズボン汚れてるよ。」 「え?」
郁子が指差して笑ってる。 よく見るとコーヒーの染みが、、、。
「何処で付けたんだろう?」 「まあまあ、もう汚したの? 着替えて来なさい。 洗うから。」
母さんはブツブツ言いながら洗濯機の蓋を開けた。
「明日はオリエンテーションなんでしょう? 乾くかなあ? それにしても健太はダメねえ。」
それを聞きながら郁子はクスクス笑っている。 「そんなに笑わなくても、、、。」
「ダメ兄ちゃんねえ。 コーヒーなんかこぼして、、、。」 「しょうがないだろう? 知らなかったんだから。」

 今夜も父さんの帰りは遅いようだ。 なんてったって設計事務所で働いてるからねえ。
なんでも隣町に新しいビルを作るからその設計を任されたんだって。
朝となく夜となく図面を書いては溜息ばかり吐いている。
「外観は近代的で、今の街並みにもフィットして使いやすくて防災機能に富んだビルなんて言われてもなあ。」
でもさ、絵すら描けないぼくがいくら見たって何のことやらさっぱり分からない。
「四角けりゃいいってもんでもないんだよ。 だからって丸いのもどうかと思うけどなあ、、、。」
父さんは日本酒を飲みながら図面と睨めっこをしてます。 時々はそのまま寝てしまってます。
だからぼくらは起こさないように毛布を掛けたりコップを片付けたり、、、。
 そんな父さんでも唯一土曜日だけは仕事から離れてくれますね。 この日だけは何もしないんだ。
その代わりにぼくとジョギングをしたり、行くことゲームをしたりしている。 ダイヤモンドゲームなんて引っ張り出してきて朝から夢中になって遊んでいる。
(楽しそうだなあ。) 羨ましそうな目で二人を見ながらぼくは宿題に没頭するわけです。
 夕方になって母さんと買物に出掛けます。 (何処かで見たような、、、。)
ぼくはそう思って買い物をしている女性を追い掛けてみました。 すると、、、。
振り向いたその顔に思わず「えーーーー!」って言ってしまった。 川本先生だ。
「美奈っちがなぜ?」 「あらあら、灰原君もお買い物ですか?」
「先生は?」 「私も夕食の材料を買いに来たのよ。」
「この辺にお住まいなんですか?」 「住んでるのは職員寮ですけど、生まれがこの辺なんで、、、。」
キョロキョロしながら美奈っちは歩いている。 「あ、危ない!」
「え? キャーーーーー!」 よそ見をしていた美奈っちは空になっている陳列棚に突っ込んでいった。
「大丈夫ですか?」 母さんが声を掛けて近寄ると美奈っちは申し訳なさそうに立ち上がった。
「すいません。 とんでもない所を見せちゃって、、、。」 「おケガは有りませんか?」
悲鳴を聞きつけたのか店員も飛んできた。 「何も無いから良かったけど、気を付けてください。」
店員は唖然とした顔で陳列棚を点検している。
その後、美奈っちは後ろを振り返ることも無く小さな体をさらに小さくして支払いを済ませて飛ぶように帰っていった。
 ぼくらはというと肉団子とか中華スープとかおやつとか買い込んで疲れた顔で帰ってきた。
郁子は居間でポテチを食べながらテレビを見ている。 「よくまあそれで夜飯食えるなあ。」
「兄ちゃんだって食べてるじゃない。」 「それほどでもないぞ。」
「でもさあ、私は一袋全部食べたりしないから。」 「うわ、、、こいつ。」
「兄ちゃんの負けだあ。」 そしてまた勝ち誇ったようにポテチをパリパリ、、、。
 部屋に戻ってきたぼくは入学式で感じたあのドキドキを忘れられないで困っている。
(確かにあの子は見たことが無いぞ。 初めて会ったんだよな。) アルバムを開いても居るわけが無い。
誰かの友達なのかな? それとも?
いろんなことを考えてみるんだけど、さすがは高校生の頭だ。
なんでドキドキしてるのかってそんなことばかり考えてる。
もしもあの子が彼女になったら? そんなこと有るわけが無いだろう。
もしも隣に引っ越して来たら? それだって可能性は0に近い。
妄想を膨らませていたら母さんの悲鳴が聞こえた。 「キャーーーーー!」
「何事?」 ぼくも郁子も慌てて台所へ、、、。
「どうしたの?」 「ゴキ、、、ゴキ、、、。」
「なあんだ。 ゴキブリか。」 「なあんだはいいから早くして。」
ぼくは走り回るゴキブリを捕まえるとゴミ箱へ、、、。 「大げさなんだから、、、。」
「仕方ないでしょう。 ゴキブリ嫌いなんだから。」 「台所も何とかしないとまた出てくるよ。 ゴ キ ブ リ。」
「分かったから、、、。 ありがとね。」 「夕食何?」
「肉団子と中華スープよ。」 母さんはまだ蒼ざめた顔で壁にもたれている。
郁子は居間に戻るとまたポテチを食べ始めた。 「ほんとによく食べるなあ。」
「何か言った?」 「何にも無いよ。」
そう言いながらぼくは郁子の背中に乗ってみた。 「重たいよーーーー。」
「お前に乗られたほうが重たいんだけど、、、。」 「うわーーーー、セクハラだあ。 女子に向かって重たいだってーーーーー。」
「お前がセクハラって言える柄かよ?」 「兄ちゃんは変態ですーーーー。 妹を食べようとしてますーーーー。」
「誰がお前なんか食べるか。 ボケ!」 「うわーーーー、今度はボケだってーーーー。」
兎にも角にもうるさい妹なんです。 困ったもんですよ。