○一年一組教室 朝。大型連休も終わり、日常が戻ってきた。

瑠叶「つーちゃん手、出して」
翼「? いいよ」

 登校して席に着くと、すぐに瑠叶がそんな事を言ってきた。
 翼は椅子に横向きに座って、右手を瑠叶に差し出した。
 瑠叶はその手をじーっと見つめたあと、ぎゅっと握手をしてきた。

翼「あ、あの瑠叶君?」

 感触を確かめるように、ぎゅっぎゅっと握られて困惑する翼。
 瑠叶は次に、両手で翼の手の平をマッサージするように揉む。
 翼は思わず「わ、気持ちいい」とこぼした。

 ピクリと固まる瑠叶。
 先ほどまでは無垢に触っていたが、段々と指先で手の平をクルクルと触ったりと、変わり始めた。

翼「瑠叶君っ、くすぐったいよ」

 瑠叶は目線を上げ、翼を見つめる。
 その瞳にドキリとした翼。

翼(本当に、どうしたって言うの瑠叶君っ!)

 そんな二人を「ふーん?」とニマニマしながら、観察する詩音。

 瑠叶は、ハイタッチするように左の手の平を翼に見せた。
 首を傾げつつ翼は、そこに自分の手を重ねる。

 するり、と指が曲げられて所謂『恋人繋ぎ』になった。

翼「!? 瑠叶君っ、本当にどうしたの?」
瑠叶「うーん。……なんだろうね? 僕にもわかんないや」
翼「ええっ、そんなぁ……!」

 首を傾げる瑠叶に、翼は言いづらそうに切り出す。

翼「そ、そろそろ離してもらってもいいかな?」
瑠叶「もうちょっとだけ、ダメ?」

 上目遣いに見られて翼は「うぐっ」となり、ダメと言えない。

翼「じゃ、じゃあ綾人君が教室に戻ってくるまでね?」
翼(さすがに身内に見られるのは、恥ずかしいもん)

綾人「──誰が戻ってくるまでだって?」

 廊下で先生に呼び止められて、まだ教室にいなかった綾人だが、気づけば翼の真後ろに立っていた。
 鞄を机の上に置き腕を組む。

翼「あ、綾人君!? どうしてここにっ!」
綾人「ははっ。その反応──、浮気現場がバレた人みたいだよ? 翼ちゃん」
翼「浮気っ!? 瑠叶君とは何もないからっ!!」
綾人「浮気してる人は、みんなそう言うんだ」
翼(何を言っても、八方塞がりなんですが!!)
翼「詩音ちゃん、助け──」
詩音「夏目。さっき翼、蓮水に手のマッサージしてもらってたわよ」
綾人「……へぇ?」

 翼が助けを求めたはずの詩音は、綾人へ密告しだすという暴挙に出た。

翼(こ、この裏切り者ー!)

 翼が恨みがましい視線を詩音に向ければ、口笛を吹きながら顔を逸らされた。

綾人「で……、いつまで俺の可愛い妹と、手を繋いでいるのかな。蓮水君」

 このやりとりをしている間も、まだ翼と手を繋いでいた瑠叶に、綾人は視線を向ける。

瑠叶「つーちゃんの手、小さくて可愛いし、なんだかずっと繋いでいたくなるね」

 褒められて気を良くした翼は、嬉しそうな顔になる。

翼「そ、そうかな? 毎日ね、いい匂いのするハンドクリームはぬってて……」

 翼がそう言うと瑠叶は「へー?」と、繋いでいる手を顔を近づけた。が、

綾人「──そこまで」

 綾人に、ぐいっと制服の首根っこを引っ張られた瑠叶。
 その拍子で、繋いでいた手も離れていく。

瑠叶「なにするの、綾人君」

 ムスッと、不機嫌そうに綾人を見上げる瑠叶。

綾人「蓮水くん、はじめから距離が近い男はモテないよ」

 綾人の言葉にガーン、とショックを受けた瑠叶。

翼(えぇ、綾人君がそれを言う……?)
綾人「翼ちゃん、何か言った?」
翼「べべべ別に何も言ってないよっ」

 まさかいまの声に出てた?
 と慌てたが「いやそんなはずはない」と、ほっとする翼。

 不穏な空気が漂う中、クスッと笑い声が聞こえた。翼と綾人は詩音の方を見る。
 詩音は口元には手を当てて、笑っていた。

詩音「あんたたち、本当見てて飽きないね。ドラマの次に面白いわ」
翼「なっ、ひどいよ詩音ちゃん!」
綾人「若倉はああ見えて、人をおもちゃに思ってる節があるから」
詩音「それは夏目もでしょ」
綾人「ふふっ。……面白い事を言うね?」
詩音「あんたもね」

 ゴゴゴッとオーラを後ろに纏った綾人と詩音を見て、プルリと震える翼。

翼(──怖い、私からしたら十分二人とも怖いよ!)