翼「ちょ、綾人君。椅子なら向こうから……!」
綾人「ん」

 空き教室の後ろの方には椅子があり、それを指さした翼。
 でも綾人は、自分の太ももを軽く叩き「ん」とここに座るよう、翼に促した。

翼「はい?」
綾人「ここに座って」
翼「えっ、いやお断りしますが?」
綾人「ご主人様の言う事が──」
翼「わーー!?」

 慌てて綾人の口を手で塞ぐ翼。

翼(瑠叶君も居るのに、何言おうとしたのこの人!?)

 翼の心臓がドドッと、はやく音を鳴らす。

 抗議するようにキッと翼が睨めば、目を細めた綾人。
 ぐいっと翼の腰に手をまわし、太ももの上に座らせた。
 綾人は右手が使えるように、左側に翼の上半身が来るように横抱きにした。

 パチリと、綾人の右側にいる瑠叶と目があった翼は、カアァと顔が赤くなる。

翼「お、おろして綾人君!」
綾人「さぁ、俺達もお昼ご飯を食べよう。翼ちゃんのお弁当は、蓮水君が食べてるみたいだし俺のをわけてあげるね?」
翼「ねぇ、人の話聞いてる!?」

 翼の事は無視して、机の上にお弁当を広げる綾人。
 どうにか逃げようとする翼だが、片手を腰にガッチリまわされていて動けない。
 空いているもう片方の手で、器用に準備していく綾人。

綾人「翼ちゃん。はい、あーん」

 箸を持った綾人は、先程翼が食べ損ねたひとくちハンバーグを翼にあーんとする。

翼(ハ、ハンバーグ!)

 じゅるりとよだれが少し垂れる翼。
 誘惑に負けて、あーん、とハンバーグの味が舌に広がるまであと数cm。

 いつのまにか翼の箸を勝手に出して、本格的に翼のお弁当をリスのように頬張る瑠叶と、目があった翼はピシリと固まる。

瑠叶「仲良いんだね二人とも。俺一人っ子だから、羨ましいや」

 そう言ってパクリ、とブロッコリーを口に入れた瑠叶。

綾人「うん、俺達すごく仲が良いんだ」

 いい笑顔を浮かべた綾人は、顔を赤くしている翼に「ね?」と同意を求めた。

翼「ウン。ワタシタチ、ナカイインダ」
瑠叶「なんでカタコトなの? つーちゃん」
翼「ナンデダロウネ」

綾人「はい、あーん」
翼(──もうどうにでもなれっ!!)

 綾人が差し出したハンバーグに、パクリと食いついた翼。
 涙を流しながらも、「美味しい」と心の中で思う。

翼(私が一人になるには、トイレで食べるしかないのかな……)

 と、遠いを目する翼だった。