散歩を嫌がる犬のように、動かない翼に痺れを切らした綾人。
 翼の脇に手を差し入れて、自分の足の上に跨らせるように座らせる。向かい合う形だ。

翼「きゃっ!」

 まだ少し濡れている翼の毛先から、垂れた雫が綾人の頬につく。

綾人「まだ髪が濡れてる。ちゃんと乾かさないとダメだろう?」

 翼の肩にあったタオルを頭に被せて、上から優しく拭く綾人。

翼(な、何が起こってるの?)
(こんなの恋人同士の距離感じゃ……)

 顔を真っ赤にして、されるがままの翼。
 あらかた乾いたところで仕上げ、とばかりに最後「ちゅ」と、翼のおでこにキスをした綾人。

翼「!?」
綾人「よし、できた。やっぱりペットのお世話は大変だけど、世話のかかる子ほど可愛いね」
翼「────ん?」

 真っ赤だった顔が、とたんに険しい顔になる翼。

翼(え……、今ペットの濡れた毛を乾かしてる感覚の人がここに居たの? 本当?)
綾人「ほら、おりて。もう髪は乾いたでしょ」

 ぼいっと膝の上からおろされる翼。

翼「なっ、来いって言ったのは綾人君の方じゃん! いや私の意思で行ったんじゃないけど……、扱い酷くないっ!?」

 口元を手で隠しあくびをする綾人。

綾人「俺、そろそろ眠たくなってきたな。明日構ってあげるから、鳴かないの」

 綾人は翼を立たせて、背中を押し部屋の外に追いやる。
 「おやすみ」と一言残して、扉を閉めた綾人。呆然と扉を見つめる翼。

翼(……?)
(…………はあ!?)
(『鳴かないの』ってなによ!?)

 沸々と怒りが湧いてきた翼は、「超超超小声」で扉に向かい悪口を吐く。

翼「綾人君のバーカ。やーい変態」

 言ったあと、プフフと笑いを堪える翼。

翼(我ながら子供っぽいけど、ちょっとすっきりしたかも)
(もう一言、いってやろう)
翼「足の小指をどこかにぶつけ──」
 
 ガチャリ、と扉が少しあき中から綾人が翼を覗き見る。

翼「たりしない事を祈ります! 毎日祈っとくね綾人君!」

 心臓がキュッとなりながらも、どうにか誤魔化した翼。
 そんな翼にジト目を向ける綾人。

翼(これは聞こえてたっぽい……! 終わった!)

 顔色の悪い翼に、綾人は「はぁ」とため息を一つつき、扉を開けて翼の前に立つ。

 翼は「な、なに?」と身構えた。
 綾人は翼の頬に軽くキスをし、それに驚いた翼は目を見開く。キスをした流れで、耳元に口を寄せささやかれる。

綾人「夜に鳴いちゃダメって言っただろう? 次したら、わかってるね?」

 翼からは見えていないが目を細め、色っぽい顔の綾人。
 翼が何かを言う前に、サッと離れて「今度こそおやすみ」と扉を閉める。

翼「…………」
 
 ずるずると腰が抜けたように、その場に座り込む翼。綾人にキスをされた頬を触る。

 綾人の唇の感触がよみがえり、顔がぼふんと赤くなった。

翼(なんでこんなにドキドキしてるの私……!)