〇綾人の部屋。

 見下ろしてくる綾人に、翼はヤバい! とグルグル思考を巡らせる。

翼(なんて言い訳したらいいのっ?)
(ちょっと腹痛が? 走りたくなっちゃって? あれ綾人君、私より先に教室出てなかったっけ? ……うん、どれもダメそう!!)
(誰か助けて!! 急募、大魔王を鎮まらせる方法!)

 一人百面相をしている翼。
 そんな翼を太ももに肘をついて、手に顎を乗せ見ている綾人。

翼(いや、ここはガツンと『私、女子の嫉妬に巻き込まれたくの』と言ってやるべきでは? よし)

 これだ! と、自信に満ち溢れた顔になる翼。
 が、顔を上げるとジト目の綾人と目が合う。

綾人「言い訳、決まった?」
翼「──に、逃げたわけじゃ無いよ?」
翼(……ハッ! 何言ってるの私、一番最悪の答えを出しちゃったよ!)
綾人「……へぇ?」
翼(ほら、声ひっく! 綾人君の声ひっく!)

 ひぇぇぇ、と内心穏やかではない翼。
 綾人はじっと翼を見て、「どんな理由であれ……」と口を開いた。

綾人「両手をここに乗せて、謝ってくれたら許してあげるよ」

 すっ、と手を差し出す綾人。
 それはまるで、「お手!」とペットに言っているご主人様のようだ。

翼(……はい?)
(あ、綾人君を見捨てた事は、ここに手を乗せれば許してもらえる……?)

 ごぐりと唾を飲み込む翼。
 だがすぐに、いやいや! と踏みとどまる。

翼(なんで私が100%悪いことになってるのよ!!)

 きぃ! と視線を手から綾人にうつせば、危ないほどの色気を含む笑顔を、直視してしまった翼。

綾人「翼ちゃん──」

 綾人が何かを追加で言う前に、翼はちょこんと両手を綾人の大きな片手に乗せた。

翼「ご、ごめんなさい……」

 後半につれて、声が小さくなっていく翼。
 しーんとなる部屋。
 しかしすぐに、綾人の笑い声が聞こえた。

綾人「──ぷっ」
翼「え?」

 あははっ、と笑う綾人。
 「なに! なんで笑うの?」とポカンとする翼。

 でも笑いすぎている綾人を見て、イラッとした翼は、ペシっと綾人の手をはらう。
 ひとしきり笑ったあと、目の端の涙をぬぐう綾人。

翼「ちょっと、笑いすぎじゃない? 綾人君がやれって言ったんじゃん!」
綾人「ふふっ、そうだね。ごめん、ふっ、あまりにも素直に応じるからつい」

 また笑い出しそうな雰囲気に、ぷくーと頬を膨らませる翼。

綾人「ちゃんと謝れて、えらいね」
翼「それバカにしてる?」
綾人「いや? ……ご主人様に素直で可愛い子は、たんと可愛がってあげようかな。おいで」
翼(また犬扱い!)