ルーカスが丁寧にレイラの前に跪いて語り掛ける。


「君に危機が常に迫っていることを、絶対に忘れないで欲しい」


真剣に懇願するルーカスの想いも、レイラの耳には何も届いていなかった。


(ウィリアム様からの婚約破棄命令。ルーカス様に、新しい婚約者……私はもう、ルーカス様の隣にいられない)


普段通り一言も発さないレイラの表情が、ルーカスの眼にも1㎜も動かないのが奇妙ではあった。


だが、レイラはいつもきちんと話を聞いていることを知っているルーカスは伝えるべきことは伝えたと、名残惜しみながら部屋を出て行った。


レイラはルーカスの背を目で追うこともなく、去った扉を見ることもなく、無の表情だ。


(遅すぎたのですね。全て。ウィリアム様の言う通り本当に私は今まで、何をやっていたのでしょうか。愚鈍過ぎますわ)


ウィリアムに抉られたコンプレックスが膿んで、レイラの中で後悔と自身への憎悪だけが膨らんでいった。


レイラの灰色にくすんだ瞳は虚空を見ているようで、何も見ていない。



(ルーカス様の隣にいられないなら、生きる意味なんてあるのかしら)



ただただ綺麗過ぎる人形令嬢がそこにいた。