「事実を並べたら、勝手に泣いただけだよ」

「兄様がわざと泣かしたのではないと、存じてます」

「そうそう。わざとじゃないよ?そんなことしない」


ルーカスはレイラの前に手を広げて視界を遮り、ウィリアムにこれ以上彼女の泣き顔が晒されることを拒否した。


ウィリアムはまた笑顔を貼り付けて、ルーカスが改めてお辞儀して挨拶をし直すのを見ている。ウィリアムはとことん挨拶に厳しかった。


「ルーカス、こんなところに来て。君の新しい婚約者、セイディ様のお供はどうしたんだい?」


レイラの耳に、理解したくない言葉が届いた。


「婚前の顔合わせで、親密になるように命令したはずだよ?」

(ルーカス様に、新しい婚約者……)

「俺の婚約者はレイラです」


ルーカスがきっぱりとした声で事実を突き返すが、ウィリアムは笑うだけだ。


「明日にはどうかわからないよ」


肩を竦めたウィリアムは、ひょっこりと腰をまげてルーカスが後ろに庇ったレイラににっこり笑いかける。


「婚約破棄は、命令、だからね。じゃあね、レイラ嬢」


ウィリアムが去っても、レイラはその場から立ち上がることができなかった。


絶望だけが頭を占めた。


王太子の命令として下された婚約破棄は、絶対だ。