こうして王妃になったセシリアは、慣れない公務の合間に引き続き王宮で勉強を続けた。
そして資料を読みながら「うーん」と唸る。

(やはりこのままでは良くないわ……)

セシリアは部屋を出るとアレンの執務室を訪問した。

「アレン様、少しよろしいですか?」
「どうしたんだ、セシリア」

机から顔を上げて微笑むアレンの前に立つ。

「アレン様、私、勉強をしていて思ったことがありました。この国の医療と福祉について考えをまとめましたの。見てくださいます?」
「医療と福祉?」

セシリアは自分が考えるこの国の医療と福祉についてまとめた資料をアレンに手渡した。アレンは一枚一枚真剣に目を通してくれる。その目は厳しい国王の目をしていた。

「なるほどね……。確かにセシリアの言うように、この国は医療と福祉の面でひっ迫しているところはある。病院の数も施設の数も十分とは言えないね。それは俺もこの前入院して思っていた」
「アレン様は王宮病院に入院されたのは視察もかねてですよね?」
「本当は地方の病院が良かったんだけど、それは反対されたからな」
「アレン様、医療と福祉面に力を入れられないでしょうか? もちろん、そこに力を入れてもなり手がおりません。なので教育面にも力を入れていきたいのです。一般女性の教育も今まで以上に力を入れるべきだと思うんです。もちろん直ぐに出来ることではありません。長期的スパンで考えて行けたらと思っています」

セシリアの言葉にアレンはうんうんと頷く。

「そこは俺も少し考えていたんだ。今度大臣たちにも話をしてみよう。予算をかけられるか話し合ってみるよ」
「ありがとうございます」

セシリアはホッとした。
地方と都市では医療の格差が大きい。だれでも適切な医療を受けさせたかったのだ。そしてそれが女性の社会進出の一役になれればと思う。

その後、より苦らしく細かく検討を重ね、次の閣僚会議で提案をしてくれた。以前からこの問題は何度か取り上げられてはいたようなので、賛成派が多く、前回よりも予算を医療、福祉、教育に割けることができたという。

「アレン様、ありがとうございます」

深々と頭を下げてお礼を伝えると、アレンがいいやと首を振った。

「何より、セシリアが同じ点を問題視してくれたことが嬉しかったよ。セシリアが良ければ、もっと意見をくれないか?」
「良いのですか?」
「あぁ。セシリアから見る視点で疑問点や気になったことを教えてほしいんだ」

その言葉にセシリアの表情が明るくなる。

「君はお飾りの王妃にはなりたくないとオリアに話していたそうだね」
「えぇ」

以前、オリアに他国では何もしない王妃はいるといわれ、お飾りの王妃などいらないと話したことがあった。アレンは大きく頷く。

「国王も王妃も、国の象徴であり長であるが、それは国民のため国のために存在する。国民のために尽くすのは当然だ。君は国民のために動こうとしている。それがとても頼もしいよ」
「アレン様……」

アレンがセシリアを認めてくれたことが何よりも一番嬉しかった。こうしてセシリアは王宮、国の中でも少しずつ認められた存在となっていった。

そんなある日。
アレンにたっぷりと愛された後、ベッドの中でアレンが思い出したかのように呟いた。

「そうだ、君の元婚約者のガルというものだけど」
「え?」

最近ではすっかりと忘れていた名前が出てセシリアは驚く。ガルが何かしたのだろうか。

「妻のソフィアナの浪費が激しくて、領地の納税金を値上げしたそうだ」
「納税金を!? そんな……」

ガルの家はセシリアの実家と同じく公爵家。王都から少し離れたところの領地を任されている。領地の納税金はそれぞれ治めている公爵家が決めて徴収し、その何パーセントかを国に治めていた。
どうやらソフィアナは子供を産んでからも、子供と自分にお金をかけまくっているようだった。
そのせいでガルは税金を上げて補填しようとしたらしい。
しかし、そんな横暴なことに領地民が黙っているはずがない。今、ガルの土地は一触即発の状態だという。

「このままでは領地民が暴動を起こしかねない。以前、国からもガルに警告をしたんだが……。全く聞く耳持たなくてな。自分の肥やしのために領地民を締め上げる様な主は必要がないと判断した。よって、ガルの称号をはく奪し、その領土は他の人に任せようと思う」

アレンのきっぱりした言葉に、セシリアは「そうですか」と返した。これは決定事項なのだろう。決まるまでセシリアを気遣って黙っていたのだと思う。
ガルとソフィアナを思い出す。

(二人に同情はしないわ。自業自得よ。なによりも、領地民が気の毒で可哀そう)

セシリアが物思いにふけっていると、何を思ったのかアレンが聞いてきた。

「二人を助けたいとか思うか?」

無表情だが、その目は微かに嫉妬を含んでいる。セシリアがガルを心配していると思ったようだ。それにセシリアは微笑み返す。

「いいえ。領土の民を思えば、当然のことです。二人を助けたいなど微塵も思いません。ただ、必要以上の罰は与えることはないと思いますが……」

アレンはセシリアの気持ちを理解していた。セシリアがガルとソフィアナに対して全く同情していないことを。むしろ、王宮で顔を合わせることもなくなるのでせいせいしているだろうことも。ただ人として、恨む相手だからと言って、必要以上に罰は与えたくないということも。
そうしたセシリアのさっぱりとした内面と思いやる優しい心をアレンは気に入っていた。

「君は本当に王妃に向いている」
「アレン様、あっ……」

アレンは微笑みながらセシリアの胸に触れた。治まった熱が再び火をつける。何度触れ合っても足りないくらい。お互い、溶け合ってしまいたいほどに求め合っていた。
ガルには抱かなかったこの感情。セシリアは何度もアレンの名前を呼んでは天国を見せられる。
愛おしい人。その言葉以外が見つからなかった。

セシリアは翌月、子供を身ごもった。
その一年後、王子が誕生。その二年後には王女が誕生した。
そして、アレンとセシリアは稀代の国王王妃として国民の絶大な支持を受けて、その歴史に名を刻んでいった。



END