水を打ったように静まり返る大広間で、アレン陛下はガルとソフィアナに向き合った。二人は顔面蒼白になりながら、ビクッと肩を震わせる。

「ガルとソフィアナだったかな? 君たちには本当に感謝をしているんだ。特にソフィアナ。君がガルと結婚しなければ、こうしてセシリアに結婚を申し込むことができなかった。君がガルを寝取ってくれたおかげだよ」

アレン陛下は口元は微笑みながらも、その目は笑ってなどおらず、発せられる言葉には刃が仕込まれている。それが分からない二人ではない。ガルとソフィアナは倒れてしまうのではないかというほど、真っ青な顔をして小さく震えていた。

「しかし、私の愛した女性を侮辱するのはいかがなものか……。そう思うだろう、ソフィアナ?」

アレン陛下の指摘に青い顔とか細い声で「申し訳ありません」と呟く。

「俺に謝られても困る。そうだろう?」

低い声は怒気を含んでいる。

(あぁ、このお方は怒っておられる……。私に無礼を働いた二人に腹を立てているのだわ)

アレン陛下の静かな怒りはとても恐ろしいものがあった。殺気が含まれている。二人もそれを感じたのだろう。青い顔で震えながらセシリアに向き合った。

「大変、申し訳ありませんでした」
「いいえ……」

正直、今さら謝られてもと思うがそこは何も言わず。ちらっとアレン陛下を見上げると、優しい目でセシリアを見下ろしていた。
アレン陛下の熱っぽい視線に、セシリアは自然と胸がときめくのを覚えた。

「陛下! もう気が済んだのでしたら壇上へお戻りください。全く、広間に入るなり真っすぐこちらへ向かうんですから」
「すまなかった、フォーゼン」

アレン陛下はブツブツと文句を言うお付きのフォーゼン様に苦笑しながら謝罪をする。そこでやっとホッとした空気が流れ出した。
私の頬を指先で軽く撫でると、アレン陛下は改めて壇上に上がって用意された玉座に腰かけた。その姿は堂々として威厳を感じる。自然とその場の全員が礼をとった。

「皆さん、この度は成人おめでとう。爵位の家に生まれた皆さんは、それに驕らず、正しく、平民のみなさんの手本となるような振る舞いを期待している」

そう祝いの言葉を述べるアレン陛下は国王として凛とした佇まいで、セシリアは初めて会った時のアレン陛下との雰囲気の違いにますます混乱した。

(アレン陛下は確かにあの時王宮病院でお会いした方だわ……。穏やかな青年という印象だったけど、国王としてお話になられる時はなんて頼もしいのかしら。あの方に求婚されたなんて……)

歓談の時間になっても心の整理がつかず、そっとその場を離れてテラスへ出る。会場からは楽しそうな声が聞こえてきた。
気が付けば、ガルとソフィアナは逃げるように帰って行った。この場になどいられないだろう。国王直々に叱責を受けたのだから帰っても大変かもしれないが……。

(アレン陛下の申し出には驚いたけれど、あの時のソフィアナの悔しそうな顔……。すっごく、清々したわ。ざまぁみろって感じ)

思い出して胸がスッとするとついフフっと笑みがこぼれる。
すると、「楽しそうだな」と後ろから声がかけられた。ハッと振り返ると、同じようにテラスに出たアレン陛下が立っていた。

「陛下。先ほどは陛下のことを存じ上げず、礼も取らずに失礼いたしました」

畏まった態度と言葉に、アレン陛下は苦笑して首を振った。

「そういう堅苦しいのはいらん。もっと気軽に話をしてほしい。それにしても、あぁ、疲れた」

アレン陛下はため息をついて手すりに寄りかかる。
その気を抜いた姿はあの日、初めて会った時と同じ雰囲気だ。それにセシリアもホッとして肩の力が下りる。

「……てっきり、王宮の騎士様かと思っておりました」
「あぁ、あの時か。剣術の訓練中に、うっかり馬から落ちて怪我をしたんだ。もちろん、王宮内に医務はあるけどこの際だからと、ついでに王宮病院の視察と見学もかねて入院していたんだ」
「そうでございましたか……」

だから王宮病院にいたのか。納得していると、アレン陛下がセシリアの手をそっと握った。
その温かさと大きさに心臓が大きくはねた。

「セシリアの噂は前から耳に届いていた。美しい公爵令嬢がいると……。そして先日、王宮病院で初めて会った時に強く君に惹かれる自分が痛んだ。美しさだけではなく、その心根や子供たちと楽しく、優しく接している君から目が離せなかった。こんなに誰かを愛おしく思うのは初めてだ」
「アレン陛下……」
「君が婚約破棄されたことは知っていた。同時に俺が君を幸せにしたいと感じるようになったんだ」

熱い視線にセシリアは顔が熱くなる。触れられた手はまるで吸い付くようにピッタリと合わさって心地よいものだった。

「運命なんて軽々しく考えたことがないのに、君と出会ってからはその言葉が頭から離れない」

少し照れたように苦笑するアレン陛下は可愛らしかった。

「セシリア、結婚の件を考えてくれないか? 俺は本気だ。君を悲しませたりしないし、大切にすると誓う」
「……本当に私なんかでよろしいのでしょうか?」
「もちろん。俺にはセシリアが必要だ。君じゃなきゃダメなんだ」

そう囁く声は先ほどの凛としたものではなく、熱がこもった優しく甘い響きを含ませている。熱視線にとろけそうな感覚を覚えた。
セシリア自身、あの日一目会った時からアレン陛下に急速に惹かれていたのだ。もしこれが運命ならばそうなのだろう。
まるで片翼のように強く惹かれる感覚は初めてだった。

「セシリア、君を愛している。結婚してほしい」
「はい。私もあなた様が好きです」

アレン陛下の言葉に素直に頷いた。
国王だからとか、元から断ることはできないとかそんなことではなく。自然と、この人と一緒にいるべきなのだろうなと感じたのだ。
あぁ、この人だ、と。
その逞しい胸に抱き寄せられた時、そう思った。