父が張り切って仕立て屋を呼び、パーティー用にドレスやアクセサリーを新調した。別に買ったばかりのお気に入りのドレスでも良いかと思っていたがそれは却下された。
初めての王宮なのだからと娘以上に気合が入っているのだ。

当日。髪を結わい装飾をつけ、新しいドレスを着てアクセサリーを身に着けるとマーサは「はぁぁ」と感嘆の声をあげた。

「お嬢様、大変お美しくあられます」
「ありがとうマーサ」

水色のグラデーションのドレスは動くたびに光沢を放ち、とても美しいものだった。セシリアに大変良く似合っており、仕立て屋も満足そうだ。
支度を手伝ってもらったマーサにお礼を告げて、用意された馬車に乗って王宮へ向かった。

しかし煌びやかなドレスに反して、セシリアの気分は憂鬱だ。なんなら胃が痛くなりそうなほど……。

(今からでも帰れないかしら。パーティーが何らかの事情で中止になるとか……。ここまで来たらありえないわね……)

大きなため息をついていると、あっという間に馬車は王宮に到着した。

「凄いわ……」

セシリアは間近にそびえ立つ白亜の宮殿を見上げて声を漏らす。初めての王宮に、先ほどの憂鬱がどこへ行ったのかと思うほどに自然と胸がワクワクしてきた。
城門から馬車が並び、長蛇の列を作っていた。
城の入口へ到着すると、係りの者にエスコートされながら大広間へと向かう。足を踏み入れた大広間にセシリアは息を飲んだ。床や壁から天井まで豪華な装飾で飾られ、その美しさに圧倒される。
広間のテーブルに豪勢な食事が用意され、どうやら自由に飲み食いしても良いようだった。給仕も歩きながら飲み物を配り歩いている。

爵位のある子息令嬢だけなので、知った顔も多く見られてちょっとした同級会である。

「セシリア、久しぶりね」

友人数人に声をかけられ、ほっとした気分でその輪に加わった。

「ねぇ、国王陛下が挨拶に来られるんでしょう? ワクワクするわね」
「えぇ、初めて近くでお目にかかれるわ」

みんなが興奮気味に頬を赤らめて嬉しそうに話している。

「国王陛下ってどんな方かしら」

王宮に来ない限り、国王陛下の姿を見ることはほぼない。
国王陛下と言えば、政治面でも武術面でもその手腕は長けており、まだ国王に就任してから間はなかったがこの国王であれば安泰だろうとまで言われていた。
そうした噂は聞いていたが、その顔や詳しい人物像までは知らなかった。

「国王陛下はとてもお美しい方と聞いているわ」
「私も父から聞いたことがあります。お会いするのが楽しみだわ」

(なるほど、女性の皆さんがそわそわしていたのはそうした理由だったのね)

しかし、今のセシリアは国王陛下より気にしなくてはいけないことがあった。ちらっと大広間の入口を見ると、ちょうどガルとソフィアナが入ってくるところだったのだ。

(来たわ……)

ソフィアナはゆったりとしたドレスを身にまとっているが、そのお腹がふっくらしているのは傍目でもよくわかる。二人が入ってきた瞬間、広間にいる人たちが一瞬会話を止めてセシリアを見た気がした。噂にはなっているのだから当然である。

セシリアは気が付かれないよう、そっと背を向けて二人から距離を取ろうとした。
しかし……。

「セシリアじゃない。お元気?」

ソフィアナがセシリアのところまできて微笑みながら声をかけてきた。ガルは周囲の空気を察してソフィアナを止めるが、ソフィアナはうっとおしそうにその手を払う。

「臥せっていたと聞いたけれど、顔色が良さそうで安心したわ。あなたが気落ちしたままだと、いつまでも私たちが幸せになれないもの」

微笑みながら悪気もなくいうソフィアナに、周りは気にしていないようで聞き耳を立てているのが分かる。誰が聞いてもわかるほどの嫌味とマウントに、一瞬カチンとくるがここは挑発に乗ってはだめだと心に言い聞かせ、セシリアも笑みを浮かべる。

「えぇ、お陰様でもうすっかり良いわ。ソフィアナも身重なのだから無理しないでね」
「まぁ、お優しい。セシリアこそ……」
「え?」
「今日はせっかくのチャンスなのだから、お相手探し……、頑張らないとね」
「……!」

ソフィアナはニヤッと笑って含み笑いをする。それでも笑いは漏れてしまうようでクスクスと声を出して笑っている。

「大丈夫よ、セシリアは美しいんだもの。すぐにお相手は見つかるわ」

馬鹿にしたような言い方に軽く唇を噛む。

(誰のせいで……)

ソフィアナの発言に、さすがのセシリアも笑顔が消えた。場もわきまえず、言い返してしまおうか。ずっと黙って穏便に済ませようと努力したがそれも限界だった。
一発くらい頬を叩いてもいいかもしれない。
そう思った時だった。

「その相手……、俺では役不足かな?」

すぐ横でそう声をかけられ、ハッとして顔を上げる。いつの間にか男性がセシリアの横に立っていたのだ。

「あなたは……」

セシリアは驚きで目を丸くする。
その人は先日、王宮病院で出会ったあの男性だったのだ。正装した服の胸元には勲章やメダルをつけ、腰には剣を携えた王宮の礼服をらしき物を着用している。
その姿もまた素敵だった。

(騎士様……、ではないのかしら?)

騎士の礼服ともまた違う気がした。王宮で働く誰の服とも違う。控えめだが服の装飾も一級品で、なによりも圧倒される存在感があった。
この人は本当にこの間の騎士様かしら、とセシリアも目を疑う。

「お久しぶり。セシリア嬢」
「あ、あの時以来ですわね……。もうお加減はよろしいんですか?」
「えぇ、すっかり。……ところでこちらの方々は?」

男性はガルとソフィアナに目線を向ける。ガルは明らかに見た目が自分より格上の男性が現れたことにムッとした表情をしており、ソフィアナは目の前に現れた背の高い美形男性に目を奪われていた。

「幼馴染のガルとソフィアナです」
「あぁ、君たちが……。噂は聞いていますよ」

男性が微笑むと、ソフィアナはポッと頬を染める。そして媚びる様な甘えた声を出した。

「噂ですかぁ? まぁ、何かしら。恥ずかしいですわ」

何を勘違いしたのか、照れたように身をよじるソフィアナに男性は笑顔のまま冷たい声を出した。

「えぇ、セシリアの婚約者を寝取った令嬢だとね」
「! それは……」

ソフィアナはサッと顔色を変える。しかし、男性は口元に笑みを浮かべたまま凍てつくような冷たい視線を向けたままだ。

「言い訳でもするか? それこそみっともないな。まぁ、でも俺としては二人に感謝したいところだ」
「か、感謝?」

男性の言葉にソフィアナは怪訝そうにする。そして、男性は隣にいるセシリアを振り返った。セシリアを見る表情は陽だまりのように温かい。

「セシリア・アレグレット嬢。俺と結婚してほしい」
「えっ!?」

突然の求婚にセシリアは目を丸くする。

(いきなりここで求婚!?)

突如始まった求婚に広間も静まって、全員セシリアたちに注目をしている。
この状況にセシリアは慌てた。

「お、お待ちください。急にそんなことを言われても、あなた様のお名前も存じ上げないのに……」

セシリアがそう言うと、男性は「あぁ、そうだな」と微笑んで背筋を正した。

「名はアレン・クラウド・ダミア。25歳だ。この国の国王をしている」
「……え?」

(ダミアって……、このダミア王国の名前……。え、国王陛下……?)

アレンと名乗った男性の言葉にセシリアは言葉を失った。
いや、セシリアだけではない。大広間にいた全員が声を失った瞬間だった。