その話はセシリア・アレグレットには寝耳に水だった。

「……もう一度、言ってくださる?」

セシリアは絹のように細く輝く金色の髪と、緑色の宝石のような瞳の持ち主で、ダミア王国でも評判の美しい公爵令嬢だ。
そのセシリアが表情をなくし、目を見開いている。
目の前には一組の男女。
女の方は妊娠しているようでお腹が大きかった。二人とも、セシリアのよく知る人物である。

「セシリア、君とは結婚できない。僕はソフィアナと結婚をしたいんだ」
「ごめんなさい、セシリア。お腹の子はガルの子供なの。子供を父なしの子にはできないわ……」

目の前の男、ガルはセシリアの婚約者だ。その婚約者が、顔を青くして頭を下げている。
隣で申し訳なさそうに涙を浮かべる女は、セシリアの幼馴染のソフィアナだ。

(ガルがソフィアナを妊娠させた? どういうことなのこれは……)

ガルは三か月後、セシリアと結婚式を挙げる予定だった。
ソフィアナは幼馴染仲間の一人なので、もちろん式に呼んでいたのだ。

(それなのに……)

ソフィアナを見ると、うな垂れるガルに寄り添って背中をさすりながら、口元がかすかに微笑んでいるのが見えた。
それを見てセシリアはピンときた。

(あぁ、そういうことね……。これはきっとソフィアナが仕組んだことだわ。誘ったのはソフィアナで、計画通り妊娠させたのでしょう……)

ソフィアナは昔からセシリアをライバル視するところがあった。美しいセシリアに対抗する場面がよくあったのだ。ガルはソフィアナが仕組んで奪ったのに違いない。
そう思うと、スッと気持ちが一気に冷めていった。

(ガルも馬鹿な男ね。簡単に騙されて……)

奪われた悔しさに唇をかむが、すぐに表情を戻した。自分が悔しがる場面をソフィアナには決して見せたくはなかったのだ。
セシリアはため息をついて、紅茶を一口飲む。

「わかりました。ガル、婚約は破棄いたしましょう。お父様には私から話しておきます」
「セシリア、すまない。ありがとう」

ホッとしたようにガルは笑顔を見せて深々と頭を下げる。

「ありがとう、セシリア。いつか赤ちゃん、見に来てね」

ソフィアナはどこか勝ち誇ったようににっこり微笑みながら、膨らみ始めたお腹をさすった。
セシリアは黙って微笑みを返す。
平静を装い、唇には笑みを携え、理解のある女のふりをした。正直、激しく動揺していたし悔しくてたまらない。
婚約者を寝取ったソフィアナにも、騙されて私を裏切って浮気をしたガルも許せないと思った。しかし、愛人がいる状態でガルと結婚生活は送りたくない。
なにより、ソフィアナに取り乱すところを見せたくはなかった。