ひと昔前。
犬や猫の鳴き声を翻訳してくれる機械が
はやったことを、覚えているだろうか?
当時子どもだったおれはそれに感動し、
大人になって、いろんな翻訳機の発明家になった。
そして、翻訳機制作会社を立ち上げ、大成功をおさめたのだ。
しかし、どこか物足りない。
言語、動物語、植物語ときたら、
次に翻訳する言語は何なのか?
そんなことを考えていたら、不思議と案が浮かんできた。
そうだ、幽霊の言葉を翻訳する機械を作ろう!
おれは寝る間も惜しんで開発に取り組み、
とうとう翻訳機を完成させた。
とりあえず、幽霊の中でも怖くない霊……、
守護霊に話しかけてみよう。
「えーと、こんにちは。おれの守護霊さん」
ピロン、という電子音の後に、
『ああ、広(ひろし)さん。
お話できてとても嬉しいです』
すぐに答えが返ってきた。
若い女性の声だ。
しかし、驚いたのはその会話の中身だ。
確かにおれの名前は広だが、
翻訳機には何も情報を与えていない。
やった、ついに完成したんだ……!
「守護霊さん、お名前を教えてくれますか?」
『はい、清(きよ)と申します』
「じゃあ、お清さん、とお呼びしますね」
おれは夢中でお清さんと話し続けた。
なにしろ、相手はおれの守護霊だ。
話すネタはつきない。
「お清さん、
おれはこの仕事についてから、ふとひらめいて、
ヒットする新商品をいくつも生み出してきました。
それってもしかして……」
『はい。
広さんを喜ばせたくて……。
前の守護霊さんと交代して、
三年前からお手伝いさせていただいています』
やっぱり。
ここ数年で急にツキが回ってきたと思ったら、
そういうわけだったのか。
この幽霊語翻訳機は、
社会現象になるほどの大ヒット商品となった。
会社はさらに成長し、おれは富と名声を得た若社長として、
ひっきりなしにメディアに取り上げられた。
有名になることによる重圧や疲労。
それを癒してくれたのがお清さんとの会話だった。
優しく、聡明(そうめい)な彼女に、おれは徐々にひかれていった。
そしてまた、彼女もおれを愛してくれるようになった。
しかし、欲には際限がないもの。
おれは彼女の声だけでは満足できなくなっていた。
「お清さん、いや、お清。
おれは、おまえの姿が見たい。
ひと目でいい。どうか見せてくれないか」
彼女は容姿の話になるとすぐに話をそらすが、
おれはもう我慢できなかった。
『それだけはできません。
いつも言っているように、わたしはとても醜いの。
きっと、わたしのことを嫌いになってしまいます』
「いや、おれはどんな姿でも、おまえを受け入れるよ」
『……分かりました。広さんがそこまで言うのなら……』
瞬間、部屋がまばゆい光に包まれた。
『これが、わたしの姿です』
そう声が聞こえた方を向くと、
そこには真っ白な大蛇がいた。
「なんだ、醜くなんてないじゃないか」
おれはほっとして、元の姿に戻った。
『えっ? ……えええっ⁉』
元の姿――すなわち、
猫になったおれに、お清はたいそう驚いていた。
「おれの正体は化け猫さ。
まだ化けられなかった子どものころ、
猫の翻訳機には世話になった。
だから、大人になってからは、ずっと人間に化けて、
翻訳機の開発をしていたんだ。
……種族は違うが、おれと結婚してくれないか?」
次の日、各メディアは大々的にこう報道した。
幽霊語翻訳機開発者、守護霊と結婚!
完



