サトシって、ほんとめんどうなヤツだよなぁ。

 わたしはしみじみと思い返す。
 
 ある夏の日、学校から一緒に帰っている途中、
 サトシはこんなことを言い出したのだ。



「土用(どよう)の丑(うし)の日に
うなぎを食べるっていうのは、
平賀源内(ひらがげんない)が広めたんだって。

夏に、売れないうなぎ屋が、
どうすればうなぎが売れるか源内に尋ねた。
源内は、『本日丑の日』って書いて
店先に貼ればうなぎが売れるって言ったんだ。

その通りにしたら、その店は大繁盛。

それで、その後、他のうなぎ屋もそれをまねしだして、
土用の丑の日にうなぎを食べる習慣ができたんだと。

丑の日には、『う』が頭につく食べものを食べると
夏負けしない、なんていわれてさ」



 そこで一区切りして、ふんと鼻をならし、



「おれが言いたいのはさ、
そんなことで土用の丑の日が定着するなんて、
日本人て、単純だよなぁってこと。

そんな迷信をあっさり受け入れて、
今じゃどこのスーパーもうなぎを売りたがる。
理解できないね。

おれは絶対、土用の丑の日にうなぎを買わない」



 なんて言うんだもん。

 めっちゃめんどいというか、ひねくれてるというか……。





「ヨーコ、どうしたんだ? ぼーっとして」

「ううん、なんでもない」

 おっと、思い出に気をとられすぎた。

 不思議そうにこちらを見ているサトシに向かい、
 わたしは「それより」と話を切り出した。



「クイズです。
世界三大珍味(ちんみ)とは何でしょう?」



 サトシの目が光った。

 間髪いれずに答えが返ってくる。



「フォアグラ、キャビア、トリュフ」

「正解!」



 サトシは得意げにニヤッと笑った。

 そう。

 サトシは、こういうクイズが大好きだ。

 テレビで「天才小学生クイズ選手権」なんかをやっていると、
 小学生に本気で対抗して、
 テレビの前でクイズに答えている。

 わたしたち、もう高校生なのに。

 大人げないなぁと思うけど……、めんどくさいから言わない。



「それでは第二問。
わたしは今日、その世界三大珍味のひとつを持ってきました。
それは、何でしょう?
ヒントは、それは大きく分けると白と黒の二種類に……」

「トリュフだな! 
白トリュフと黒トリュフだ!」



 まるで早押しクイズのように答えるサトシ。

 わたしは肩をすくめ、



「はい、正解。
トリュフをプレゼント!」



と、紙袋をわたした。

 「見てみていいか?」と聞くサトシに、どうぞと答える。

 中を見たサトシは顔をしかめた。



「なんじゃこりゃ。
トリュフはトリュフでも、チョコレートじゃないか」

「え? トリュフって、チョコじゃないの?」



 きょとんとすると、サトシはふふんと笑い、



「あのな、世界三大珍味のトリュフはきのこだ。
チョコのトリュフは、そのきのこに似せて作ったから、
そう呼ばれてるんだ」

「ええ! 知らなかった!」

「ひとつ勉強になったな。
……まあ、これはありがたくいただくよ。
うん、うまい」



 サトシはチョコをぱくりと食べ、にっこりと笑った。

 ……よかった。うまくいった。

 今日は、バレンタインデー。

 サトシに普通にチョコをわたしても、絶対、



 「日本のバレンタインデーにチョコを贈るのは、
 チョコレート業界がはやらせたんだ。
 本来は聖(せい)ウァレンティヌスが……」



 なんて由来を語りだして、
 「だから、今日はチョコを食べない」って言うに決まってる。

 まったく、ホントにめんどくさいヤツ。

 まあ……、そんなひねくれ男に惚(ほ)れているわたしも、変人なのかも。

 わたしはこっそりと笑みを浮かべた。