『あの子、気味が悪いのよ…ええ…そう、新田さんのお子さん』


小学生にも上がっていない頃だっただろうか。
家にまだ親戚のおばさんがいた頃。
たまたまおばさんの電話の声が聞こえたんだ。


『お父さんと離れてもうかなり経つっていうのに一度も泣きもしないし、理由も聞いてこないのよ。ものすごく…普通なのよ』


ああ…そうだ。
あの時僕はお腹が空いてたんだ。


「おばさんお腹すいた」
『あ、ちょっと待ってあの子が…』

おばさんは電話を耳から離して僕を見る。

『もう少しだけ待っててくれる?ひかるくん』
「うん」


お腹すいた。


『ええ…さとるさん出張が延期になったんでしょう?勘弁してほしいわよ。こっちだって善意でやってるわけじゃないんだし…え?そうよ、断りづらいじゃない…うん』


お腹すいたよー


『ええ…頃合いを見てって感じかしら…ええ。うん。そうね、ありがとう。じゃあまた』


おばさんは電話を切って僕に向いた。
作られた様な笑い方が気持ち悪い。


『ご飯にしましょうか』
「うん」
『何が食べたい?』


え、作ってあるんじゃないの?
今から作るの?
もう20時なのに。


「なんでもいい」
『…好きな食べ物とかないの?』
「ない」
『…そう…じゃあ、待ってて』



それから数年ほど経った頃だった。
僕は小学生。

ニュースを見ていたおばさんが、持っていたコップを落としたんだ。
ガシャンとガラスの割れる音。


『嘘でしょ…何よこれ…』


ニュースでやっていたのは少し離れた街で起こった惨殺事件だった。


『なにこれ……なんてこと……動機が…退屈?何言ってるの…この人何を………はっ!』


おばさんはパッと僕を見た。
その目には見たこともない感情が浮かんでいて、ひいと汚い声を上げながら僕を凝視していた。
お化けでも見てるみたいな顔だ。


『………ひ、ひかるくん…』
「なに?」
『……い、今……た、楽しい?』


何が?
なんの話?


『……今…学校は…家での生活は…退屈?
それとも楽しい?…楽しいよね?退屈じゃないよね?』


…?
何、気持ち悪いんだけど。


「よくわからないけど退屈だよ。学校面白くないもん」



退屈って言葉はこの前学校で習った。
暇で楽しくないこと。
今は別に楽しくない。
ご飯はなかなか出てこないし、おばさんは僕に気味の悪い笑顔を向けるだけだし。


『………』



その時のおばさんの顔を……僕は今でも、こうやって夢に見るんだ。