黒い帷のかかったようなどんより重い、新月の夜。
背中に虫が這うような湿った苦い空気。

暗い街にこだまする虫の鳴き声はうめくような不協和音、激しく耳障りである。

月の光はなく、微かな星の光も覆い隠す濁った雲が溢した珈琲のようにじんわりと広がる。
夜である。夜だったのである。




「これがどれだけの力を持っているかわかっているのか?あまりにも危険すぎる。開発は中止すべきだ」


「何故ですか?これさえあれば今まで人類が成し得なかった様々な不可能が可能になるんです。それを目前でドブに捨てるなんて…愚の骨頂です」


「君はわかっていない。不可能が可能になるということは必ずしも良いこととは限らないんだ。この世界は常に不安定だ。ギリギリのところでバランスを取りながら崩れないように揺れ続けている。

時には不可能であることが世界の均衡を維持しているんだ。パワーバランスが僅かでもズレれば全て崩壊する。この装置はそれすらも可能にする」


「力のある者が力のある物を利用する。それがあるべき姿です。そういう人間ならば正しく扱える。確実に進化できる。世界を変えられる。我々はそれほどのモノを開発したんです!何故自ら手放そうとするんです!」


「それが正しい判断だからだ。大きな力には大きな責任が伴う。確かに人類も世界も進化する。しかし大きな進化には必ずリスクがある」


「…正しい?これまでの研究を、時間を全てドブに捨てることが正しいだと?不可能を可能にするための進化を人間は常に追い求めているのに!その答えがここにあるのに!あなたは間違ってる!」


「物事には不可能であるべきものもある。人類が手を加えてはならない領域のものもある。我々は今そこに立ち入ろうとしている。踏み止まるべきだ。
今後踏み入る時が来るとしても……それは今ではない」


「……間違ってる…あなたは間違ってる…手に届く距離にある可能性を潰すなんて…どう考えても間違ってる……『普通』じゃない!!!」


「何を……やめろ…っ綾人!!やめるんだ!!」





夜である。夜だったのである。