ユリウスは物心が付く頃には既に、自身の出生を理解し受け止めていた。


 彼が静かなミルディンの地で、幼いながらも領主として、頭角を表すのに時間は要さなかった。
 そんなある日、双子の弟であるリドリスが病に伏せったとの知らせが届く。

 王家はランベール建国祭という神聖な日に、王子が病に犯され欠席など不吉の兆候と考えているらしい。
 そのため急遽ユリウスが、リドリスの代役を務めることとなった。当然正体を隠したまま、リドリスに成りすまして。

 幸い髪や瞳の色を変化させる魔法は、既に会得している。

 忌子といえど、王族に相応しい教養を身に付けており、その点に至っても申し分は無い。後はリドリス周辺の人間の顔と、名前を一致させるよう記憶するだけ。

 ──記憶力にも自信がある、問題ない。

 最新の貴族名鑑を見終えたユリウスは、ふと気付く。

 いくら顔と名前を一致させようと、同年代の貴族令嬢との交流は経験がなく、ユリウスにとって想像するのも困難。

 更にリドリスにはティアリーゼという、同い年の婚約者がいるらしい。

 まだ異性を好きになったことこすらないユリウスからすると、婚約者という存在はもはや未知の領域だった。


(婚約者か……)

 本来国の王子という立場は公務に追われ、国から決められた婚姻をしなくてはならない。そんなリドリスは、自分より不自由に思えてならない。

 実に面倒な立場に思えてくる。

 一方ユリウスは、王家による自分の扱いに特に不満もなく、既に与えられている物だけで満足している。

 そんな自分が由緒正しき公爵家のご令嬢と果たして、何を話すというのだろうか?
 王宮に滞在する間、ティアリーゼとは必要以上に関わらないのが賢明だろう。


 ──そう思っていた。


 王都にやってきて二日後、王宮を自由に探索する許可を得ているユリウスは、宗教画の描かれた天井を眺めながら大理石の廊下を歩いていた。

 視線を下げると廊下の先を横切っていく、さらさらのピンクブロンドの髪を靡かせた少女が歩いていく。
 幼く可愛らしい顔立ちに反し、凛とした佇まいで歩く姿に思わず釘付けとなってしまった。

 王宮の侍女に囲まれ、廊下を歩く少女が一目見でティアリーゼだと分かる。

 ティアリーゼ周辺の華やかさは、そこだけ光が降り注いでいるかのようだ。

 劣等感を抱いたことのないユリウスからしても、愛され、大切に育てられたであろうティアリーゼは、自分とは住む世界が対極にあることだけは理解した。

 それなのに、庭園を見て回っている時──彼女が物憂げに一人佇んでいる姿を見つけてしまった。