「私、寒くてそろそろ王宮に戻りたくなって参りました。そろそろレイヴンを呼んで頂けますか、ユリウス殿下?」
「こいつも運ばないといけないし、仕方が無い」

 イルに促され、ユリウスは倒れている魔法使いを一瞥すると、目を瞑って詠唱し始める。すると地面に浮かび上がった魔法陣からレイヴンが現れた。
 いつもの執事専用の燕尾服を着用しているだけで、外套は羽織っておらず寒そうな印象を与えている。しかし、レイヴン本人は特に寒がっているようには見えない。


「レイヴン、ここにいる者達全員を王宮まで転移させて欲しい」

 主人であるユリウスの言葉に、レイヴンは態とらしくため息を吐く。

「はぁ、人使いの荒い主人ですね。しかもこの人数ですか」
「ティアリーゼを安全な所まで返す必要がある」
「それは仕方がないですね」

 いつも通り憎まれ口を叩きつつ、レイヴンは了承した。

「では、転移させますので皆様一箇所に集まって頂けますか」
「本当にこの人数を転移させられるのか」

 ミハエルが信じられない、と言った面持ちで零すと、イルが確信をつく一言を言い放つ。

「流石高位精霊ですね」
「精霊?」

 唐突な精霊という言葉に、面を食らうティアリーゼとミハエル。一方、ユリウスは不服そうな眼差しをイルに向けた。

「僕はお前の、何もかも訳知り顔なところが鼻に付く」
「お褒め頂き至極光栄です」
「褒めてないぞ」
「では、参ります」

 一連のやり取りを受け流し、一言告げると同時に、レイヴンの背中から、ばさり、と音を立てて漆黒の翼が出現した。

 その姿は美しい堕天使のようだった。

 刹那、ティアリーゼの視界が歪んでいく。未知の感覚に思わず目を瞑り、その場を耐えた。

「突然何だ!?」
「で、殿下っ……!」

 途端、辺りの様子が一変し、周りから知らない男性達のどよめく声が口々に発せられる。
 驚いたティアリーゼが瞼を開けると、そこは既に王宮の中だった。

 目の前には玉座に座るランベール王の姿──

「これは、どういうことだ」

 謁見の間に突如現れたティアリーゼ達を訝しむランベール王の瞳には、畏怖の色も伺える。

「これは中々凄いところに出ましたねぇ、よりによって国王陛下の御前とは……ユリウス殿下がいらっしゃらなかったら、完全に我々は不審者でしたよ」

 イルの言葉に「十分不審者だよ」と答えたユリウスは、レイヴンの方を見る。ユリウスの視線に気付いたレイヴンは、白々しく笑みを浮かべた。

「この方が話が早いと思いまして」

 王と共に謁見の間にいた者達は全て室内から出され、この場にはティアリーゼ、ユリウスを始めとする、ミハエル、イル、ユーノ、レイヴン。そして拘束され、未だ気絶したままの魔法使いのみとなった。