ティアリーゼの伸ばした手をユリウスが取り、そのまま彼女の身体を引き寄せる。
 ユリウスに抱きしめられたまま落ちていくティアリーゼは、死の恐怖から視界を遮ろうと固く目を瞑った。刹那、落下していく感覚がピタリと止まった。

 閉ざした瞼をゆっくりと開け、恐る恐る辺りを確認する。

「た、助かったのですか……?もしかして魔法?」

 身体はどこも打ち付けておらず痛みも無い、それどころかユリウスに抱き締められたまま空中で浮かんでいる。
 ユリウスによる魔法によるものと、状況を鑑みれば明白だろう。しかし死の瀬戸際を経験した直後とあってティアリーゼの思考は上手く回らない。

「そうだよ、安心して」
「ユリウス様が魔法で助けてくださったのですね、ありがとうございます」

 ユリウスは浮遊していた身体をゆっくりと下降させ、地面に着地した。
 見上げれば、相当な高さから落ちたのだと改めて認識し、ティアリーゼは震える自身の身体を抱き締める。

(ユリウス様がいらっしゃらなかったら、確実に死んでいたわ……)

「どうしたものかな、魔法をつかえば上まで戻れるけど。リドリスはそのような魔法は使わないだろうから、僕の正体が疑われそうだし」
「そうですね。彼はユリウス様のように、魔法を使いこなせはしないですね……」


 魔法を使うことにより、皆からの疑心は避けられない。しかし魔法を使わずに皆と合流するのは難しい。


「実はティアに追い付くよう、自分に加速魔法は使ったんだけど、きっと皆も必死で魔法には気付いていなかったと思う。ということにしよう」
「すみません、わたしのせいで……」
「謝らないで。僕の優先順位はティアに怪我をさせないことなんだから……そうだ、服がどこも汚れていないのは流石に不自然だし、捜索隊に発見される直前に二人共、土でも付けて誤魔化そうか?」

 明るく笑うユリウスに、ティアリーゼはようやく表情を和らげることが出来た。

 例え落下時の怪我が大したことがなかったとしても、一人でこのような場所に取り残されたら生きて帰れる自信は到底持ち合わせていない。

 しかしユリウスが側にいてくれると、どの様な状況でも不安が払拭される。きっとこの先の未来もずっと。

 安堵したと同時に、ティアリーゼは重要なことを思い出す。


「実は、茂みの方にリドリス殿下がいらした気がして……。わたしはリドリス殿下を追い掛け、気が付いたら足元は急斜面で、そのまま崖から落下してしまいました。
 リドリス殿下を見たのは、わたしの勘違いだったのでしょうか?それにしては、随分とはっきり認識した気がするのですが……」
「リドリスを追ったら、茂みに誘い込まれ、その先が崖になっていたと……。それはきっと魔法による幻影の可能性が高いな」

 
 神妙に考察するユリウスの言葉を賞賛する様に、何処からかパチパチと手を打つ音が響いた。

「ご明察です、そしてここまで魔法を使いこなせるとは、意外でした」

 声の方に視線を向けると、夜会の夜にリドリスと共にいた、黒い長衣を纏った男がそこに立っていた。

「先日振りですねクルステア嬢、そして忌子の王子殿下」