月日が経ち、ティアリーゼは十六歳となっていた。
 リドリスがティアリーゼに会いに、定期的にクルステア公爵家へ訪れるのは、何年経っても変わらない。

 そんな日常の中、次第にとある変化が表れだした。ティアリーゼの異母妹、マリータも二人のお茶会に参加することが増え始めた。
 それも日を追うごとに、三人でのお茶会の頻度が増えていく。
 マリータの少し粗野な振る舞いも、リドリスは気にした様子はない。

 マリータとは今でこそ、あまり干渉し合わない姉妹となったが、昔は本を読んでとお願いされたり、積極的に話しかけてきてくれた過去が懐かしい。

 当時事情がまだ理解出来ていないマリータは、ティアリーゼに無邪気に話しかけてくれていた。それがティアリーゼは嬉しかった。
 天真爛漫で周りを惹きつける妹は、自分とはまるで正反対だとティアリーゼは考えている。


 本日もリドリスとのお茶会のため、本館のサロンへ来るよう告げられた時刻より少し前に足を運んだ。
 サロンの扉を開けた瞬間、視界に飛び込んできた光景は、リドリスとマリータが隣あって、楽しそうに微笑む姿。

 マリータとにこやかに談笑していたリドリスは、打って変わって冷めた眼差しをティアリーゼに向けた。
 テーブルの上には、紋章が施されたポケットチーフが置かれている。

  「遅かったじゃないか、そんなに僕と会いたくなかったということ?」
「そ、そんなことはありませんっ。わたくしは、この時間だとお聞きしておりましたので……」
「言い訳にしか聞こえないな」

 その声音は凍てつく氷のように冷たい。
「申し訳ございません」とか細く呟いたティアリーゼの声は、リドリスに届いているか不明なほど、反応が返ってこなかった。

 リドリスの正面の席にティアリーゼが腰掛ける。そしてリドリスとマリータは未だ隣り合ったまま。
 ティアリーゼの婚約者の隣に、ティアリーゼの妹が腰掛けるという奇妙な配置。
 通常なら違和感があるように思えるが、これは今日に限ったはなしではなく、ティアリーゼは現状に慣れつつ合った。

 お茶会は終始マリータがリドリスに話し掛ける形となり、彼は穏やかに受け答えていた。

 ふとティアリーゼが、テーブルに置かれたポケットチーフに目を向けると、リドリスはそれを懐にしまいこんだ。

 ポケットチーフについて、ティアリーゼは疑問を口にすることはなかった。二言三言相槌を打っただけで、ティアリーゼがほぼ会話に参加することなく、お茶会は終了した。

 リドリスへの見送りにも、マリータは付いてきた。マリータは胸の辺りで手を組み、可愛らしくリドリスを上目遣いで見上げる。

「リドリス様、ポケットチーフを貰って下さり、ありがとうございました」

 やはりそういうことかと、ティアリーゼは心中で独りごちる。
 この国では自身の婚約者、または配偶者に手製の編み物や刺繍を贈るのは一般的である。
 逆をいえば、思い人以外にそれらを贈ることはなく、姉の婚約者に手製の物を贈るなど考えられないことだった。

 リドリスがマリータから、手製の贈り物を受け取ったという事実を、どのように受け止めればいいいのか──それはティアリーゼの悩みの種となった。