「お初にお目に掛かる、クルステア公爵。辺境に篭っているため、挨拶が遅れてしまって申し訳ない」

 クルステア公爵の向かいに腰掛けたユリウスは、曇りのない真っ直ぐな眼差しを向ける。
 貴族との関わりが気薄だったとは思えぬ程、毅然とした立ち振る舞い。そして彼の纏う神秘的な気迫に感嘆し、クルステア公爵は目を見張った。
 クルステア公爵は首を垂れる。

「お初にお目に掛かります、お会い出来て光栄にございますユリウス殿下。……本当に弟君とよく似ておられる。しかしその思慮深さと、意思の強さを合わせ持つような眼差し。流石、王族として相応しい」
「挨拶はさて置き、さっそくだが本題に入りたい。現在リドリスは床に伏せていて、婚約に関する件は保留となっているが……僕とティアが王宮に呼ばれたことで、何かしら話が進むと思われる。僕ら兄弟の婚姻は、クルステア家に大きく関わっているからな。
 リドリスとティアの婚約も破棄されていないことだし、落ち着いたら改めて双方で話し合いの場が設けられるだろう」


 端的に必要な内容だけ述べるユリウスの言葉を耳に、ティアリーゼは密かに自身の手を握りしめた。
 クルステア公爵はしばし思案したのち、再び口を開く。

「ご判断は全てランベール王家、そしてティアリーゼにお任せ致します。
 無責任と思われるかもしれませんが、私としてはティアリーゼの意を出来る限り尊重してやりたいのです。今更ですが……」
「僕としても同意見だ。ティアリーゼにとって最善の道が開けるよう、善処しよう」



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 話を終えると、ティアリーゼがユリウスと共に部屋を出て向かった先──

 精緻なレースの天蓋が付いた寝台に、薔薇の刺繍が施された長椅子など。豪華な調度品が品良く纏められたこの部屋が、ティアリーゼが王宮滞在に当たり、用意された一室である。

 ちなみにユリウスは、リドリスの私室を使う予定らしい。本物のリドリスは現在、王宮敷地内の離宮で養生しているのだという。


 二人が部屋に足を踏み入れると、毛長猫がとてとてと奥からこちらへ歩いて来る。

「にゃ〜ん」
「中々下手くそな鳴き声だな」

 ユリウスに指摘され、ユーノが「ふん」と鼻を鳴らす。

 猫姿のユーノは人語を話せる代わりに、猫の鳴き真似は難しかったようだ。
 頭を手でぽんぽんとしてくるユリウスに、ユーノは不快そうな眼差しを向ける。そんなユーノに、ユリウスは気掛かりとなっている疑問を投げかけた。

「お前もこの部屋で寝泊まりするのか」
「安心しな、寝る時は隣の応接室にいるから。ついでにティアの護衛役もしといてやるよ」

 普段ユリウスには喧嘩っぱやく、言葉遣いも悪い彼だが、意外と面倒見が良いことをティアリーゼは知っている。
 信頼する人達が自分の側にいてくれることが、これ程まで心強く感じるのだと改めて