ティアリーゼが私室に戻ろうと廊下を歩いているとミハエル、そして彼の肩に腰を下ろすユーノと鉢合わせになった。

「ティアリーゼ嬢」
「ミハエル殿下、ユーノさん。どうか致しましたか?」

 どうやらティアリーゼが部屋に戻るのを、二人して待っていたらしい。

「ティアリーゼ嬢は王都に里帰りした際に、公爵家の者と対面するのだろうか?」
「出来ればあまり関わりたくはないのですが」
「そうだよな。では代わりと言っは何だが、ティアリーゼ嬢とスウェナ殿の遠縁の者として、私が彼らに一言物申しても良いだろうか」
「俺も参戦するぜ」

 意気込むミハエルとユーノに、ティアリーゼは一瞬思考が停止した。そして押され気味になりつつも、申し出を拒否する。

「ええっ、いいえっ!大丈夫ですからっ」

(掻き乱そうとなさってる!?)

 正義感ゆえの行動とは理解しているが、いかんせん破天荒なこの二人である。
 ミハエルは特に、一国の王子でありながら本当にリドリスやティアリーゼの家族へ、物申しに行きそうで恐ろしい。

 狼狽するティアリーゼの耳に、その場にはそぐわ無い落ち着いた声音が響き渡った。

「人様のご家庭の事情に、首を突っ込むべきではありませんよ」

 イルが二人の暴走を止めに来てくれたようだ。

「う……そうか、悪かった」
「いえ」

 ミハエルとユーノの動きがぴたりと止まった。


(イル様のお陰で、ミハエル殿下とユーノさんが思いとどまって下さって良かった……。でもお二人がお優しい方だということは、凄く伝わります……)

 肩を落として反省する二人に、ティアリーゼは礼を述べる。

「お気持ち、とても嬉しかったです。わたしなどを気に掛けて下さって、本当にありがとうございます」


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 月が夜空に浮かんでいる。
 夜が深まっていく中、手燭の灯りを消さないまま、ティアリーゼはぼんやりと物思いに耽っていた。

 ミルディンでの日々の暮らしで心がいっぱいで、王都の様子をあまり気に掛けないようにしていた。公爵家の人々の存在を思い出すと、やはり心が落ち着かない。

 ──そしてリドリスの体調不良。

(リドリス殿下のお体は、大丈夫かしら?)

 互いに心が遠く分かり合えず、そして別れを言えないまま、ティアリーゼはユリウスの元へ来た。
 それでも幼馴染として、彼の幸せを願っていることには変わらない。

 そのような中、体調を悪くしているリドリスに変装して、ユリウスが建国祭に出席するといった事態に困惑せざるを得ない。

(ならどうしてパートナーがマリータではなく、わたしなのかしら……?現在のリドリス殿下の婚約者はマリータの筈なのに……)

 そう思った瞬間、再び頭の中にはユリウスがマリータの手を取ってエスコートする姿が映し出された。夜会で手を取り合い、踊ったりする二人の姿を想像してしまい、思わず頭を振った。

(胸が苦しい……)

 国王の考えは、ティアリーゼには見当もつかない。
 王都での記憶と同時に、自分の人生が何かを得ても、突如失うことばかりだったことを思い出す。
 また失うのだろうか?
 今の日々を大切に思うほど、失った時の喪失感は計り知れないものとなるだろう。

 ──やっと心穏やかに過ごせる場所が出来たと思っていたのに。

 王都に行くことで、何かが変わってしまうかもしれない恐怖に心が翳る。
 その日の夜、ティアリーゼは中々眠りにつくことが叶わなかった。