ティアリーゼの髪を梳かしながら、ターニャが鏡越しに話しかける。

「旦那様のお顔、リドリス殿下と似ていらっしゃいましたね……」
「そ、そうね」

 ターニャの言葉にティアリーゼは返答を窮し、曖昧に返すしかなかった。

 王都から離れている辺境の地、ミルディンにあるこの城の中に限っては、ユリウスは仮面を付けることを強く求められてはいないようだ。
 しかしターニャやその兄のマシューに至っては、リドリスの顔を把握している。ターニャの中で、ユリウスとランベール王族の関係について、疑問が生じていることだろう。
 仮面の必要性を改めて再認識した思いだった。


(折角の美しいお顔を隠してしまうなんて、勿体無いけれど……)

 ユリウスの話によると外出時は勿論、訪ねてきた貴族や要人の前では特に、素顔を晒さないようにしていたらしい。

 ◇

 次の日の昼下がり。

 ティアリーゼは書庫にいた。本日のここへ足を運んだ目的は読書。
 書庫の窓際にはオーク材の椅子とテーブルが備え付けられている。そこでティアリーゼは腰掛け、本を読んでいる最中だった。

 ふいに、足音もなく書庫の扉が開かれる。
 室内に入ってきたのは小さな妖精の姿をした、ユーノだった。

「ユーノさん」
「すまん、邪魔したか?」
「いいえ。ユーノさんも、本を探しにいらっしゃったのですか?」
「まぁな、一応自分でもユリウスに掛けられた魔法を解くのに、何か手掛かりはないかと探してるんだ。ユリウスの城の書庫なんだから、ここにあってもおかしくは無いと思って」
「確かに……」

 現にこの書庫には魔法書関連の書物も多い。
 しかしユリウスは、きっとユーノをそのうち元の姿へと戻してくれるのではないだろうか。
 そうティアリーゼが思案した時、ユーノは自分に言い聞かせるように呟く。

「俺は世界一の魔法使いを目指してるんだ。ユリウスに掛けられた魔法くらい、自分で解けるようにならないと」

 ユーノの行動原理は、魔法使いとしての探究心も一因しているようだ。魔法は高度なもの程複雑さを増し、書庫に並ぶ魔法書一つとっても、書かれている内容は難解である。
 ティアリーゼは改めてユリウスやユーノなど、魔法の学織が深い者達に、感服する思いだった。

「ユーノさんは、そのお姿になられた今でも魔法が使えるのですね」
「まぁな、といっても威力は結構落ちるけども……」

 ユーノが詠唱すると、小さな魔法陣がティアリーゼの頭上に出現し、雪の結晶が舞い降りた。

「まぁっ」

 瞳をキラキラさせながら、ティアリーゼは雪の結晶に触れてみた。雪の結晶がゆっくりと落ちてくる様は、御伽の世界に迷い込んだように錯覚する。
 しかし、やはりどうしても気になるのはユーノが使用する魔法陣。
 幾許か逡巡したのち、ティアリーゼは口を開く。

「ユーノさんがお使いになられている魔法陣……」
「身体が小さくなった反動で、魔法陣まで今の俺の掌サイズになりやがった。魔法陣がどうかしたか?」
「実は王都で似た魔法陣を見たことがあります」
「ん?何処でだ」
「マリータ……妹が、リドリス殿下にお渡しした、ハンカチの刺繍に描かれていた物と、良く似ている気がします……」
「……」
「ユーノさん?」

 深刻そうに黙り込んだユーノに、ティアリーゼは首を傾げて呼びかける。

「……それはちょっとヤバい状況かもな」

 ユーノが神妙に呟いた。