「何と……我が国の公爵令嬢だったスウェナ殿の娘である貴女が、がそのような扱いを受け続けていたとは……信じられん、というよりあってはならない話だ」
「酷いな……」

 ティアリーゼは不幸話がしたかった訳ではなく、何故自分が掃除をしようと思い至ったのか理解して貰うための手段として経緯を説明した。
 意外にも黙って親身に話を聞いてくれていた、ミハエルとユーノが顔を俯かせるので敢えて明るく微笑みかける。

「わたしにとっては掃除をしたり、お茶を入れたりするのは日常的だっただけなのです。ですから、使用人の少ないこのお城で、自分の出来ることを見つけようと……。ユリウス様のお役に少しでも立ちたくて」

 掃除は自発的に始めたことだと、二人は理解してくれた筈だ。

「ちなみにユリウスは、貴方がこの城を掃除していることを知っているのかな?」
「いえ、勝手に始めてしまいました……」
「全く、能天気なものだなユリウスは。ティアリーゼ嬢がこんなにも健気に尽くしてくれているというのに……。あの仮面を剥がして『いつも有難う』と言わせながら窓掃除でもさせたいな」
「とんでもございません。せめてお客様がご滞在されている間、わたしが掃除を自重すべきでした。驚かせてしまって申し訳ございません。それにユリウス様の仮面は……」

 ティアリーゼが口籠ると、ミハエルは何かを思い出したように掌を打った。

「ああ、そういえば仮面は取れないんだったな」
「ミハエル殿下は、ユリウス様の仮面の事情をご存知なのですね……」
「知っていると言っても、以前に食事中くらい仮面を取ったらどうだと、忠告したきりだが。その時に仮面は取れないと言われてしまってな。何でも、産まれた時から仮面を付けていたらしい。母君のお腹の中から仮面持参とは、とんだ変態体質だな」
「へ?」

 ティアリーゼは目を丸くして首を傾げ、ゆっくりと言葉を復唱する。

「生まれた時から……?」
「うむ。母君の腹から出てきた時から、ユリウスは既に仮面を付けていたらしい」
「そのようなことってあり得ます!?」

 赤ん坊の時から仮面を付けていたとすると、その時は仮面も赤ん坊サイズだったのだろうか。
 赤ん坊の顔に丁度いい大きさの仮面がセットで……。

 現在のユリウスが装着しているのは、彼の顔の大きさにぴったりの物である。

(か、仮面も一緒に成長なさっているの?)

 そもそも硬い仮面を付けた赤ん坊が、股から出てくるなんて──只でさえ双子の出産で大変な中、一人が仮面を持参してくるとは頗る迷惑である。

 呪い常々より物理的に痛そうで怖い。

(赤ちゃんを産んだ経験はないけれど、想像してしまうと、何だかとても痛そう……)

 その話を聞いて、ミハエルは不審に思わなかったのだろうか?もしかしたら彼なら、赤ちゃんはコウノトリが運んでくると思い込んでいる疑惑まで浮上しかけたところで、ティアリーゼも思い至る。

(そういえばわたしもユリウス様がいつ頃、仮面が取れなくなる呪いにかかったのか聞けず仕舞いでした……)


 呪いについて、質問を深掘りするのは憚られていた。そのため産まれる前からなのか、産まれた後なのか、時期は知らない。しかし幼少の頃より仮面を付けていたとなると、やはり仮面も共に成長していたことになる。
 ティアリーゼは考える程分からなくなっていた。

 黙ってやり取りを見ていたユーノが、突如無言で手を上げ、一同はそちらに視線を向けた。


「俺、あいつが仮面外した所、見たことあるぜ?」

 ユーノの零した言葉に、室内が水を打ったように静まり返った。